投稿者: 横浜かをり

嵐・二宮和也の日テレ系『ニノさん』2月14日放送分にかをり本社-フフナーゲル横浜ホテル跡地-が出演予定

お知らせ・嵐 二宮和也MCの日本テレビ・日テレ系番組「ニノさん」に、かをりの横浜山下町本店がホテル発祥の地として出演するかもしれません。

日テレ ニノさん 2月14日(日)かをり本社ビル出演放送分は2月21日(日) 10:24 までTVerにて見逃し配信でご覧になれます。

ニノさん2月14日放送分の見逃し配信はこちら

番組名:ニノさん

出演:嵐の二宮和也、菊池風磨(Sexy Zone)、吉村崇(平成ノブシコブシ)、フワちゃん
ゲスト:森七菜
レポーター:ジャングルポケット

放送時間:
2021年2月14日(日)あさ10時25分から11時25分

放送局:日本テレビ、日テレ系

放送内容紹介:
好きなものを極め、日々キラキラと輝いて生きている芸能人の方々…
ゲストの皆様が、楽しく生きるセンス(料理センス・博識センス・生活センスなど)を「ニノさん」オリジナルの形でご紹介!
視聴者の皆さんが気になる情報を一緒に楽しくお届けします!

番組紹介:

ご当地の埋もれた魅力を発掘 それ以外の旅!
日本各地には、地名の代名詞となっている名物がたくさんある。
そんな誰もが思いつく名物に埋もれている、それ以外の魅力を発掘!

今回は、「神奈川県横浜市」!
横浜と言えば…「横浜中華街」や「赤レンガ倉庫」!
それ以外の横浜の魅力を探してみると…
・SNSで話題!不思議な競技とは?!
・あるものを作って、2億円稼いだ人!
・ジャンポケが出題「横浜発祥クイズ」!不正解者には恐ろしい罰ゲームが…
など、ガイドブックには載っていない横浜の魅力が明らかに!!

ホテル発祥の地「ヨコハマ山下町の居留地七十番」の今昔物語、洋菓子ブランドかをりの横浜ホテル・フフナーゲル船長の豪華客船 司厨長直伝の味

レーズンサンドやトリフ、桜ゼリーなど数々の横浜銘菓を登場させた横浜の老舗洋菓子メーカー・かをり商事株式会社(神奈川県横浜市山下町70番地、代表:板倉敬子)が今だから明かす「かをり本社ビル」が建つ山下町70番地の歴史秘話。現かをり本社ビルが建つ横浜市山下町70番地(当時居留地七十番)の歴史と伝統について語った。老舗洋菓子メーカーとして知られる「かをり」だが、その本社ビルがオランダ人豪華客船船長フフナーゲルが建てた横浜ホテル、かつてのその地に建ち、その地に肖り当時の味を再現したこだわりの味、料理も販売している。 

横浜居留地七十番、ホテル発祥の地に建つかをり本社ビル。 

オランダ人豪華客船船長であるフフナーゲルが日本初のホテルを建てた横浜ホテル跡地であるこの地でレストラン「かをり」がオープンしたのは100年以上たった1970年のことだった。終戦後の47年、焼け野原だった横浜橋(横浜市南区)近くで開業した「かをり」が、偶然にも跡地で新店舗を開店したのだった。板倉敬子は「当時は県民ホールも横浜スタジアムもなく、3年ぐらいは人通りもなくて店は閑古鳥が鳴いていた」と当時を振り返る。 

ある時、板倉敬子は興味を抱き、調べてみることにした。 

「そもそも昔、ここには何があったのだろうか」 
そして、県立栄養短期大学 教授の草間俊郎氏に調査を依頼した。その結果、横浜のとんでもなく歴史がある土地であることが判明した。1861年(文久元年)横浜に造成した外国人居留地に地番が付された。その地番は現在の山下町のそれとほぼ一致していた。居留地七十番地にはオランダ人のカブタイメンが旅館をしていたのであった。当時の横浜港に出入りしていたオランダ船「ナッショウ」、そのオランダ人船長であったフフナーゲルが経営していた旅籠屋、当時の外国人向け新聞、上海の英字新聞に掲載された広告から1860年に横浜居留地七十番にて創業された「ヨコハマ・ホテル」とわかった。これを横浜でのホテルのはじめとされた。 

ホテル発祥の地であると同時に、洋食レストランの発祥の地でもあった
県立栄養短期大学 教授の草間俊郎氏の調査、多大な協力により、現在のかをり本社ビルが建つ地にはオランダ人船長フフナーゲルによる日本初のホテル「ヨコハマ・ホテル」が建っていたことを知った。2004年3月、ホテル発祥の地の銘板を設置することとなった。 

当時のオランダ人船長であったフフナーゲルが経営していた「ヨコハマ・ホテル」にはレストランやバー、ビリヤードなどもあり、当時の最先端をゆくハイカラな施設だった。そして洋食・ホテルの発祥の地でもあり、レストラン・バー・洋菓子の発祥の地ともなった。 

オランダ人船長であったフフナーゲル船長、そして後に何の因果か、日本郵船の外国航路客船「龍田丸」の司厨長であった祖父 板倉作次郎の部下のコックたちも応援にかけつけ、父富治、母タケは1947年伊勢佐木町にフレンチレストランを開業した。その後、1970年に現在のかをり本社ビルのあるホテル発祥の地に写りました。 

横浜の老舗フレンチレストラン伝統の技術を持つ職人が一つ一つ丁寧に作り上げた横浜ホテルを建てたオランダ人船長フフナーゲルの客船司厨長直伝の「ビーフカレー」「ハヤシビーフ」「コーンスープ」は絶品で、各界の皆様から大変な称賛を頂いております。 
 
異国情緒あふれる横浜山下町の居留地70番の味をご家庭で、家族皆で「おうちごはん」で味わって下さい。 
 
◎ 居留地七十番を記念して発売されたこだわりのレトルト料理はこちら
かをりのお料理

■芸能人私服捜査官
有名芸能人の自宅から押収された私物が次々と運び込まれる汐留のスタジオ。
あの人気アイドルグループの元メンバーが登場!

見事、誰なのか当てられるか!?

※番組放送終了後、TVerでも配信されます。
 
お楽しみに!

撮影ロケ:
横浜かをり本社ビル1Fショップ前
横浜ホテル発祥の地碑

所在地:横浜市中区山下町70番地


かながわ風土記 第160号 郷土の歴史・民族・文化を綴る地域文化総合誌

神奈川県文化史(5)

横浜山下町七十番地の今昔

―外国人のホテル・商社、日本人の三菱商事、『かをり』商事の経営者群像―

草間俊郎
(県立栄養短大教授)

幕末の、外国人居留地の、七十番地

1861(文久元)年、横浜に造成した外国人居留地に地番が付された。翌年のA・クラークの横浜地図を見ると、その地番は、現在の山下町のそれとほぼ一致している。

ただ、北東は山下公園でなく直接、海に接し、南西は埋め立て中で無番地である(のち、中華街となる)。1番地から107番地までは、130年前と同じ番地という所は、日本の都市では極めて珍らしい。例えば、1番地は今はシルクセンター、昔はジャーディン・マセソン商社である。日本側も居留地人名録を作っている。1862(文久2)年の『横浜ばなし』には「外人にて初めて商館を建築せしは英一番」とある。そのあとに番地と人名があり、七十番地の箇所に「七十番蘭 異人旅籠屋カブタイメン」とある。要するに、居留地七十番地でオランダ人のカブタイメンが旅館をしていたのである。さかのぼって、文久元年の『外人住宅図』をみると、七十番の所に「オランダ五番 ナッショウ住家」とある。当時、オランダ系の住宅は、一番がヘヒト家で、このナッショウ家は五番目で「蘭五番」と称されたのである。では「ナッショウ」とは何か。当時、横浜港に出入りしていたオランダ船である。ところが、その船長はオランダ人「ホフチフル(フフナーゲル)」である。(正しくはHuffnagelでホフナゲルのことであろう)。その「ホフチフル(フフナーゲル)」は人名録では107番地に住んでいるから、七十番には始め「ホフチフル(フフナーゲル)」経営の旅籠屋があったようだ。

そうであるならば、この旅館は、当時の外国人が利用していたはずであり、外国人むけの新聞に広告が出ているべきものだ。『横浜もののはじめ考』は、上海の英字新聞の広告「ヨコハマ・ホテル」を示し、1860(万延元)年、このホテルをホフナゲル(フフナーゲル)が横浜居留地七十番地に創業したと指摘し、これを横浜でのホテルのはじめとする。

1865(元治元)年の『ジャパン・タイムズ』にも「ヨコハマ・ホテル」の広告も、はっきり、それが七十番地にあったことを示す。かくて、これらにより、居留地七十番地は、ホテル発祥の地として記念すべき所なのである。また、当時、来浜した外国人の日記は、このホテル内にバー、玉突きがあったとするので、これらの発祥の地でもある。だが、ホテルは、1867(慶応2)年、横浜の大火事で類焼し、廃業してしまう。

明治期における横浜居留地 七〇番地の住人と会社

一八六八(明治元)年には、商人のロレリオ・エドカルド(スペイン人)、競売業のジェロビッチ会社があったが、二年後には転出し、スチウェル・ショヤー会社という、デンマーク・アメリカの合弁会社と、競売業・茶検査業のボーン会社(英国系)が転入する。このほか、ドイツ人のマイヤー(洋品輸入業)やカーン(輸入業)、ローマン(洋服業)、も転入した。ストランドベルグ夫人はホテル業を営んでいたが、ここに、この年、『ゴールデン・ルール・ホテル』を開いた。女性社長であるためか、あらゆる点に気をくばって旅客を慰めてやるとか、最良のワインとウイスキーも出すとか広告している。一八七五年には、さらに倉庫管理業・食糧商のA・ハーン会社が開設され、船積みむけ、家庭むけに食糧を出荷したようだ。また、有名なローマン・クッヒマイスター商社も七〇番地にオープンしている。七七年には、ローマン商会は依然、存在したが、あとは次の商社があった。

〇ハドソン商会(ハドソンが社長でブレント、キルビーを支配人とする、機械販売業)

〇グレイ会社(グレイが社長、ラッセルを副社長とする、ワインとウイスキーの販売会社)

〇コッキング商会(S・コッキングは英国人で、このころ武器・缶詰・機械を輸入し政府に売っていたが、次第に拡張し、洋画材料の輸入、薄荷油を製造し、日本産のゆりを輸出する。晩年、江の島に植物園をつくって有名になる。彼は、若いときから努力を重ね、成功するや慈善事業や寄附を行なった人である)。

以上のうち、ハドソン商会の社長のハドソンは、キルビーに経営をまかせるに至り、英国に帰ってしまう。そこで、一八八〇年からは、フリント・キルビー商会となり、キルビーとブレントが経営する。ロンドンから器械・銅鉄・砂糖・洋紙・織物・油・潜水器を輸入し、陶器・絹を輸出していた。

一八八六(明治一九)年、『日本絵入商人録』が出版され、そこに七〇番地のフリント・キルビー商会の建物全体を見ることができる(従って、図版は同書による)。また、同書の図版に日本字で「船舶荷物問屋」の看板と建物をのせた「マカーサ商店」は、イギリス人マッカーサーの経営にかかる。明治一四年、この地に開店したが、それまでは沖仲仕として苦労したようだ。五年間、当地で営業し、五二番地(本町通り)に移転している。また、「横浜赤門七拾番 カール、ローデ商会」のビルもある(創立一八七六年)。ハンブルグの火災保険会社、ミュンヘンの運輸会社、ロンドン海上保険など多くの欧州の会社の代理店であり、カール・ローデもハンブルグに住むことが多かった。

H・ベールを支配人とし、七人のドイツ人を雇用し、輸出入業も大規模に営んだ。主たる取扱い品は、ペイント・セメント・レンガ・ガス菅・染料等である。

一八八一(明治二一)年、会社としては、ジャパン・ギャゼット社(新聞社)、イビソン会社のほか、従前からのカール・ロード会社がある。個人の商店、住宅では、H・ジョセフ(商人)、パーマー(船舶代理店)のほか四人が住んでいる。

以後、一〇年、七〇番地に引き続きあったのは、ジャパン・ギャゼットとH・ジョセフ商店、カール・ロード会社だけである。このように、転出入が頻繁であるが、時代が進むにつれて鎮静化し定着する。

大正期、山下町七〇番地の三菱商事株式会社

横浜居留地は、条約改正により廃止され、一八九九年(明治三二)年、その名は、山下町と改められた。では、横浜市山下町七〇番地には、どんな会社があったのか。これを、一九一九(大正七)年でみると、まず、明治期からのカール・ロードがある。依然として、輸出入の問屋、保険会社の代理店、‎度量衡器販売等で知られている。

ドイツ人のルドルフ・ファトマンの経営する合資会社(これはワイン・不動産売買を目的として一九〇四年設立)もある。

一九二一(大正一〇)年には、三菱商事株式会社の横浜支店が登場している。三菱商事は三菱合資会社営業部の業務を一九一八年に継承し独立した会社で、三菱合資の鉱山・炭坑、船舶運輸、一般商品の販売等が具体的な内容であった。もともと、三菱系会社の起源は、実に、岩崎弥太郎が一八七〇年に興した運漕会社なのであって、三隻の汽船で旅客・貨物を東京・高知間を運ぶことで始まったのである。そして、翌七一年、土佐藩主・山内家の紋章に似せた三菱を商標として、三菱商会と称した。その後、競争相手に共同運輸が出現し対抗馬となったが、一八八五年、政府の後援もあって、共同を吸収し、日本郵船株式会社を設立した。このとき、三菱合資は運輸以外の部門(鉱業、化学工業、造船、機械工業、物品販売、不動産、銀行等)を担当する会社として発足したのである(一八九三年)。それから一五年たち、再びノレン分けをして三菱商事が設けられ、国の内外の支店、出張所を拠点として、貿易業務の拡大をはかったのだった。そして、戦後の財閥解体で一時、弱体化したが、三菱銀行を中心に再建された。

現在の山下町七〇番地の商事会社『かをり』

現在、この地には日本赤十字社神奈川県支部神奈川県センター、ライオンズ・マンション、かをり商事会社等がある。このうち、この地と浅からぬ因縁の、かをり商事会社を紹介してみよう。一九四七(昭和ニニ)年、『かをり』は、喫茶店として、横浜橋通り近辺(伊勢佐木町五丁目)で誕生した。初代社長、板倉富治の妻、板倉タケがオープンを強く主張したという。社長は日本郵船に一九二七年以来、勤続していたし、その父君・作次郎も日本郵船の司厨長だったことから、飲食店経営には充分な人的、物的な条件をもっていたといえる。

初代社長・富治は、一九〇九(明治四二)年、埼玉県に生まれ東京府立第二商業学校卒業後、一九二七年、日本郵船入社、六甲丸を振り出しに外国航路の十数隻の客船事務に従った。山形丸、ぜのあ丸では首席事務員、能代丸では執事長となった(一九四三年)。終戦時には船舶全体の運営にあたっている。「かをり」の屋号の由縁は、彼が世界を航海しているうちに、フランス料理の魅力が香りにあることに気づき、香りを楽しめる店の実現を期したことにあること、また、「敷島の大和こころを人問はば朝日に匂ふ山桜花」(本居宣長)の真意の、香り高き日本文化の復活を希求したことにあるともいわれる。

かくて、日本郵船所属の一等船のコックを集めて、フランス料理も始め、コニャック、舶来ワインをふんだんに使って調理し、香りと味の良いディナーを提供するようになる。一九五七年、伊勢佐木町二丁目に移り、空気調節やアクリル製ドアを設備した四階建てのビルを建てた。西洋料理の本格的コースは、デザートにケーキを出す。そこで、社長は、ケーキ、洋菓子の開発にも乗り出した。一九七〇(昭和四五)年、現在の山下町に七階建てのビルをつくり、八月一三日に新装開店する。一階はスナックコーナー、カクテルラウンジ、二階はメインダイニングルーム、三階は八人用までの部屋二、六人用までの部屋一、一五人用の部屋一、計四部屋とし、本格的フランス料理を大きく宣伝した。料理はソースに力点をおき、長時間、多くの材料を煮込んでソースの素とし、これをベースに魚料理、肉料理に使った。舌平目のカルディナール、カニグラタン、ポラパン等が評判となった。四年後、遠方の人のためにデリバリー・システムを始める。一九七五年ごろから、洋菓子部門を拡張し、ブランデーも入ったチョコレート「トリフ」を始め、レーズン・サンド、ブランデー・ケーキなど手作りの風味を出すよう苦心している。

一九八二年、富治社長が死去し、妻のタケが社長を継いだ。煮込み料理、香り高いソースを土台として料理の種類を増やすと共に、洋菓子を西武、高島屋などのデパートで販売し始め、一九八七年には「かをり商事」の年商を九億円とした。彼女は、日本調理師会理事、横浜調理協会役員、神奈川県日赤紺綬会会員など社会活動も積極的に行ったが、一九八八年、逝去した。現在の、三代目社長は、板倉夫妻の娘・篠原敬子である。先代からの人気メニューを継承するレストランと喫茶室、菓子売店の経営管理を自ら手がける一方で、東京、横浜等の百貨店および、帝劇、人形の家で自家製の洋菓子を売るなど、ノレンを守るため大変な努力を重ねているようだ。

(文中敬称略)

徳光和夫・田中律子の『路線バスで寄り道の旅』1月31日放送分にかをりが出演しました

お知らせ・以前「かをり」にいらしゃいました徳光和夫氏と田中律子氏の番組が1月31日に放送されました。

https://www.tv-asahi.co.jp/rosenbus/backnumber/210131/index.html

番組名:路線バスで寄り道の旅

出演:徳光和夫、田中律子
ゲスト:真壁刀義、松嶋尚美
グルメ:レーズンサンド、トリフ

放送時間:
2020年11月22日(日)午後16時15分~

放送局:テレビ朝日系列

放送内容紹介:
徳さんと田中律子、真壁刀義、松嶋尚美の一行は気になったバス停で途中下車&寄り道しまくり…今回は八王子&横浜㊙穴場スポットを巡る旅!

ツアー行程:

【八王子編】
日野市を一望できる高台の団地よりスタートした一行…
高幡不動では、高幡不動尊の参道でスイーツ屋さんを探すことに。早速、徳さん大好物の大福屋さんに吸い込まれ、爆買い!高幡不動尊では、護摩焚きで徳さんの目に光るものが…!?
日野では、美味しいケーキ屋さんのエクレールに超感動!
八王子では、真壁さんが行きたいというどら焼き屋さんへ寄り道する予定の一行…果たして!?

【横浜編】
横浜では、名物サンマーメンを求め、中華街を散策する一行。さらに占いでは、衝撃の結果が…?
横浜橋商店街では、人情あふれる商店の人々と触れ合う徳さん一行。
旅の最後は、徳さんプレゼンツの㊙夜景スポットへ寄り道する予定の一行。果たしてどこへ?

路線バスで寄り道の旅~横浜編(2019年12月1日放送時のものより抜粋)

撮影ロケ:
横浜かをり本社ビル1Fショップ
横浜かをり本社ビル1Fカフェ

所在地:横浜市中区山下町70番地


白泉社MOE4月号(3月3日発売) 第3回「にっぽん全国おみやげおやつ」にかをりが登場!

雑誌名:白泉社「MOE」4月号

特集:にっぽん全国おみやげおやつ 第3回

発売日:
2021年3月3日(水)

出版社:白泉社

雑誌紹介:
毎週水曜日に発行する絵本のある暮らしを提案する月刊雑誌

【横浜かをり】
猫ちゃんボックス
8個入り・¥1,300
上質なバター香るクッキーサンド。

【雑誌紹介内容】(抜粋)

横浜は山下町で1969年より開業した「横浜かをり」。ホームメイドのクッキーサンドの詰め合わせは、繊細なタッチの猫のイラストが懐かしい雰囲気。●猫ちゃんBOX[レーズンサンド4個、クランベリーサンド2個、マロングラッセサンド2
個]1,300円/横浜かをり本店 ☎045-681-4401 kawori.co.jp

HP、楽天にて通販可

撮影:
MOE編集部

かをり所在地:横浜市中区山下町70番地

映画ドラマ撮影ロケ地としても人気のかをり本社ビルに浜辺美波さんが来店

横浜市中区山下町にあるかをりの本社ビルは、自然に優しいツタの絡まったレトロな趣き、雰囲気が長く横浜市民に愛されています。

この趣きのある本社ビルは、映画やドラマ、報道・バラエティー番組などのレポーターの中継場所としても人気があります。

特に、かをりフレンチレストラン(現在休業中)の2階メインダイニングと3階の個室ダイニングはドラマや映画の撮影ロケ地として重宝されています。広い2階メインダイニングをロケ場所として利用、3階の個室を役者さんやスタッフの楽屋、休憩所として利用して撮影されるという利用の仕方が多いです。

特にコロナ禍の密にならないロケ撮影には重宝頂いているようです。

※ロケ撮影地としての利用をご検討中の方はお問合わせページよりお問合わせ下さい。


出演:菅田将暉、二階堂ふみ他

俳優だけじゃないシンガーとしても人気の菅田将暉さんに、
女優としてブレイク中の二階堂ふみさんがかをりにいらしゃいました。

撮影ロケ:
横浜かをり本社ビル2F
メインダイニング個室

所在地:横浜市中区山下町70番地


出演:有村架純、浜辺美波

NHK朝ドラ「あまちゃん」でブレイク、女優として大活躍のカスミンこと有村架純さんと、ウチカノで菅野美穂かあちゃんと共演中のいま一番人気の浜辺美波さんがかをりにいらしゃいました。

撮影ロケ:
横浜かをり本社ビル2F
メインダイニング(レストラン)

所在地:横浜市中区山下町70番地

わかばカードの『県民共済公式Instagram及びFacebook』にかをり登場

メディア名:県民共済公式Instagram及びFacebook

メディア:わかばカード
協賛:神奈川県民共済生活協同組合 文化広報部

配信時間:
2021年2月12日(金)

内容紹介:
各地の施設情報が知れることで、毎回会員から人気のコーナー・県民共済「わかばカード」とご提携いただいている施設様のご紹介にいよいよ横浜で人気の洋菓子店「横浜かをり」が登場します!

撮影ロケ:
横浜かをり本社ビル

所在地:横浜市中区山下町70番地

浅草松屋 Matsuya 2021元旦からOPEN かをり新春福袋が登場>

2021年松屋の招福袋

初売りは1月1日(祝・金)午前11時から
グルメ、ファッション、ビューティーが盛り沢山。新年を楽しく迎える福袋!注目はグルメ、グルメの招福袋に「横浜かをり」のお菓子がいっぱい詰まった福袋が登場。

この機会にお近くの方はぜひいらしゃってください。

祝いの席に華をそえて、選りすぐりの美味が勢揃い!
浅草松屋の年末・年始 ごちそう大市、元旦も休まず営業の初売りは1月1日(祝・金)朝11時から。

かをり2021新春招福袋
横浜かをりとは
横浜かをり代表取締役社長
かをり横濱本社ビル

浅草松屋・かをり新春招福袋

レーズンサンド

1月1日朝11時~「松屋のごちそう大市」にて横浜かをりのお菓子が招福袋として登場します。浅草の皆さんもぜひお越しください。

イベント名:ごちそう大市

かをり登場イベント:松屋の招福袋

期間限定福袋の中身:レーズンサンド、さぶれ、宝石ゼリー、マロングラッセ

開催場所:Matsuya 浅草松屋 本館1階ギフトカウンター

会期:2021年1月1日(金)~1月3日(日)

撮影:かをり

かをり所在地:横浜市中区山下町70番地

松坂屋名古屋 Matsuzakaya ごちパラグルメフェア 12月2日~8日トヨタ自動車様歓迎<KAORI期間限定販売>

さ、かえよう。SAKAE X YOU

Matsuzakaya 松坂屋名古屋店本館地下1階ウィークリースポットにて開催される「ごちそうパラダイスグルメフェア」12月2日(水)~12月8日(火)に横浜かをりも出店いたします。赤福前の特設会場です。

この機会にお近くの方はぜひいらしゃってください。

名古屋市は、豊田市から少し離れているかもしれませんが、トヨタ自動車の方々もぜひ栄の松坂屋名古屋店まで足をお運びくださいませ。

かをり特設会場
横浜かをりとは
横浜かをり代表取締役社長
かをり横濱本社ビル

名古屋特設会場・かをり特別限定販売

レーズンサンド

12月2日~8日「ごちそうパラダイスグルメフェア」にて横浜かをりのお菓子が限定販売されます。トヨタ自動車の皆さんもぜひお越しください。

イベント名:ごちそうパラダイスグルメフェア

イベント略称:ごちパラグルメフェア

期間限定販売商品:レーズンサンド、さぶれ、宝石ゼリー、マロングラッセ

開催場所:Matsuzakaya 松坂屋名古屋店 本館地下1階赤福前特設会場

会期:2020年12月2日(水)~12月8日(火)

撮影:かをり

かをり所在地:横浜市中区山下町70番地

雑誌anan2225号「手みやげ&ギフト2020(仮)」に横浜かをりが特集されます。

雑誌名:anan

特集:手みやげ&ギフト2020(仮)

発売日:
2020年11月11日(水)

出版社:マガジンハウス

雑誌紹介:
毎週水曜日に発行する女性向け週刊誌・ファッション雑誌

【横浜かをり】
猫ちゃんボックス
8個入り・¥1,300
上質なバター香るクッキーサンド。
「ホテル、洋食、洋菓子発祥の地・横浜で1969年から続く老舗洋菓子店。口あたりのよい上品なクリームとレーズンのクッキーサンドなど3種が入ったこちらは、社長が大の猫好きということで、箱には愛らしい猫の姿が」。●横浜市中区山下町70 TEL045・681・4401 営9:00~19:00 無休 https://kawori.co.jp Webで購入可。

撮影:
anan編集部

かをり所在地:横浜市中区山下町70番地

わかばカードの『県民共済公式Instagram及びFacebook』にかをり登場

メディア名:県民共済公式Instagram及びFacebook

メディア:わかばカード
協賛:神奈川県民共済生活協同組合 文化広報部

配信時間:
2020年11月4日(水)

内容紹介:
各地の施設情報が知れることで、毎回会員から人気のコーナー・県民共済「わかばカード」とご提携いただいている施設様のご紹介にいよいよ横浜で人気の洋菓子店「横浜かをり」が登場します!

撮影ロケ:
横浜かをり本社ビル

所在地:横浜市中区山下町70番地

徳光和夫・田中律子の『路線バスで寄り道の旅』11月22日放送分にかをりが出演します

残念なお知らせ・11月22日の放送予定だった本放送ですが、放送日未定で延期となってしまいました。

番組名:路線バスで寄り道の旅

出演:徳光和夫、田中律子
ゲスト:真壁刀義、松嶋尚美
グルメ:レーズンサンド、トリフ

放送時間:
2020年11月22日(日)午後16時15分~

放送局:テレビ朝日系列

放送内容紹介:
徳さんと田中律子、真壁刀義、松嶋尚美の一行は気になったバス停で途中下車&寄り道しまくり…今回は八王子&横浜㊙穴場スポットを巡る旅!

ツアー行程:

【八王子編】
日野市を一望できる高台の団地よりスタートした一行…
高幡不動では、高幡不動尊の参道でスイーツ屋さんを探すことに。早速、徳さん大好物の大福屋さんに吸い込まれ、爆買い!高幡不動尊では、護摩焚きで徳さんの目に光るものが…!?
日野では、美味しいケーキ屋さんのエクレールに超感動!
八王子では、真壁さんが行きたいというどら焼き屋さんへ寄り道する予定の一行…果たして!?

【横浜編】
横浜では、名物サンマーメンを求め、中華街を散策する一行。さらに占いでは、衝撃の結果が…?
横浜橋商店街では、人情あふれる商店の人々と触れ合う徳さん一行。
旅の最後は、徳さんプレゼンツの㊙夜景スポットへ寄り道する予定の一行。果たしてどこへ?

路線バスで寄り道の旅~横浜編(2019年12月1日放送時のものより抜粋)

撮影ロケ:
横浜かをり本社ビル1Fショップ
横浜かをり本社ビル1Fカフェ

所在地:横浜市中区山下町70番地


るるぶ情報版・横浜鎌倉中華街15

横浜・鎌倉おさんぽMAP
みなとみらい/山下公園/赤レンガ倉庫/山手・元町

鶴岡八幡宮/鎌倉大仏/小町通り/江の島
ご利益いっぱい!花&紅葉寺社ガイド決定版

2014年09月 JTBパブリッシング ムック

神奈川県の2大観光エリア、横浜・鎌倉の魅力がこの1冊に!
定番観光スポットの情報はもちろん、横浜は「MARK IS みなとみらい」、「CIAL桜木町」などの旬スポットや、プロジェクションマッピング、「OrbiYokohama」、「カップヌードルミュージアム」、山下公園周辺おさんぽ「レトロcafe 横浜かをり」、「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」などの話題のエンタメ、行列ができる中華街グルメや人気スイーツを大紹介。鎌倉は話題のドラマロケ地、アジサイと紅葉の寺社、パワースポット、古民家のカフェなど、一度は行くべきおすすめ情報が満載。

  • 大発表・感動ランチBEST10
  • 一度は行くべき!ニュースな港町
  • 新定番MARK ISみなとみらい
  • ニューオープンCIAL桜木町
  • 最新ドラマロケ地ガイド
  • 大人気プロジェクションマッピング

レトロcafe「山下公園周辺」

横浜かをり山下町本店
よこはまかをりやましたちょうほんてん
TEL.045-681-4401
MAP.MAP4

洋式ホテル発祥の地でいただく創作スイーツ

昭和23年(1948)創業。日本初の洋式ホテル発祥地に建つ。レトロな革張りのソファやカウンター席で、創業時からのオリジナル菓子を味わえる。横浜みやげの定番。レーズンサンド1個150円~は隣接するショップで販売。

DATA
・横浜市中区山下町70
・みなとみらい線日本大通り駅6番出口から徒歩3分
・10時~19時(日曜は12時~)
・無休(年間、月に不定休あり)
・4台

これまでのプレスリリース・メディア情報

1969年創立以来、横浜山下町70番地、洋食レストラン・ホテルの発祥の地にて、ツタの絡まる特徴的なレトロな建物にて長く営業してきた横浜銘菓を代表する横浜の老舗洋食レストラン・洋菓子の「かをり」は過去に実に様々なメディアにて取り上げられてきました。そのほんの一部をご紹介します。

  • わかばカードの『県民共済公式Instagram及びFacebook』にかをり登場
  • 2020年11月4日 県民共済公式Instagram
  • 徳光和夫・田中律子の『路線バスで寄り道の旅』
  • 2020年11月22日 出演:徳光和夫・田中律子 撮影ロケ地
  • かをり敬老の日特集
  • 2020年10月 かをりオリジナル
  • JA共済(イチゴ篇)
  • 2020年04月 出演:有村架純・浜辺美波 CM撮影ロケ地
  • KINTO presents クルマの話(WEB限定版)
  • 2020年03月 出演:菅田将暉・二階堂ふみ他 CM撮影ロケ地
  • J2TOP「会員登場 かをり商事株式会社(横浜支部)」
  • 2019年03月25日 内外情勢調査会・ジェイツートップ Vol.145 16-17頁
  • 横浜・神奈川のおいしい店を厳選!LOVEカレー ウォーカームック
  • 2018年07月13日 角川マガジンズ ムック
  • レジェンドかながわ「横浜ホテル」開港翌年に開業 跡地にレストラン
  • 2018年06月17日 読売新聞全国版朝刊
  • “伝えたいこの味” 味覚春秋モンド刊
  • 2018年06月01日 「味覚春秋」6月号 No.543 26頁
  • 次代への贈り物「日本洋食文化発祥の地で、家族の絆と母親の愛情を洋菓子に具現化」
  • 2018年04月16日 時評社(総監修:隈研吾氏) 138頁
  • beyond 2020 LEGACY 歴史を受け継ぎ、新しい未来へ
    本書は”歴史を受け継ぎ、新しい未来へ”というサブタイトル通り、どのようにして老舗の伝統を受け継ぎ、新たな歴史を次世代につないでゆくのかを、インタビューを中心にまとめられたものです。
    (弊社社長 板倉敬子のインタビュー記事より)
  • オトコの別腹「異国を思い出す味わい「横浜かをり」のレーズンサンド」大和田伸也さん
  • 2016年10月25日 朝日新聞DIGITAL
  • 【私のイチ押し】かをり商事・板倉敬子社長 歌舞伎観劇
  • 2016年05月08日 産経ニュース
  • かをりの宝石箱が「味覚春秋」7月号の表紙を飾りました
  • 2015年07月01日 味覚春秋モンド刊「味覚春秋」5月号 No.508 表紙
  • 横浜平沼高校・青春スクロール「個性派たちを育んだ懐の深さ 第7章「かをり」創業者も/HとJの間には…
  • 2013年10月25日 朝日新聞朝刊 32面
  • 横浜の歴史散歩「PROMENADE HISTORIQUE DANS YOKOHAMA」
  • 2013年04月13日 在日フランス商工会議所機関紙『FRANCE JAPON ECO(フランス・ジャポン・エコー)』2013春 No.134号 68頁
  • 蜜漬けがアクセント、桜の香りが口中に広がる「桜ゼリー」
  • 2012年05月11日 宝島社「贈りもの物語~大切なひとを幸せにする逸品とお手紙」重延 浩(著) 87頁
  • がんばれ!神奈フィル「音楽は明日の活力に大切」かをり商事社長・板倉敬子さん
  • 2012年06月13日 毎日新聞地方版朝刊
  • 「この人いいよ!」弊社代表取締役 板倉敬子のインタビュー
  • 2011年09月03日 船井幸雄.com
  • 支局長だより 横浜開港の祖神
  • 2009年07月13日 毎日新聞地方版朝刊
  • 「新春特集─横浜の食文化をたどる」
  • 2009年01月 味覚春秋新年号(株式会社味覚春秋モンド刊) 7頁
  • 「にぎやか談話室」
  • 2008年冬 季刊小冊子「よこはまの食文化」 48頁
  • 「泣いて生まれてきたのだから笑って死にゆく準備をしよう」土口哲光(著)
  • 2008年10月 文芸社刊ハードカバー 159頁
  • 1食20円の善意、発展途上国支援メニュー開始 横浜市役所食堂
  • 2007年06月27日 東京読売新聞朝刊 34面
  • 横浜市・環境創造局「壁面緑化コンテスト」で優秀賞を受賞
  • 2007年03月 横浜市環境創造局主催コンテスト
  • 横浜市/壁面緑化コンテスト/優秀賞に鈴木氏、かをり商事
  • 2007年03月02日 日刊建設工業新聞 5面
  • 神奈川県・松沢知事、「さくらの女王」候補者と桜を植樹
  • 2006年03月06日 日刊工業新聞 22面
  • 経営ひと言/かをり商事・板倉敬子社長「『いける』予感」
  • 2005年07月29日 日刊工業新聞 31面
  • 【人・story】板倉敬子さん(かをり商事社長)
  • 2004年12月28日 Fuji Sankei Business i 20面
  • [社告]全国花いっぱいコンクール、参加募集
  • 2004年08月20日 毎日新聞地方版 26面
  • [社告]「全国花いっぱいコンクール」参加募集
  • 2004年07月14日 毎日新聞地方版 26面
  • 「かをり会」横浜に「ホテル発祥の地」記念碑建立 開国150周年記念で
  • 2004年04月08日 Fuji Sankei Business i 24面
  • 開国150年事業の一環――「ホテル発祥の地」、横浜に記念碑
  • 2004年04月01日 日本経済新聞神奈川版地方経済面 26面
  • かをり商事、「ホテル発祥の地」記念碑を建立
  • 2004年04月01日 日刊工業新聞 26面
  • [経済の風]この人に聞きたい かをり商事社長・板倉敬子さん
  • 2003年12月18日 毎日新聞地方版 26面
  • [社告]全国花いっぱいコンクール
  • 2003年07月12日 毎日新聞地方版 22面
  • いきいき華麗に女性トップ(21)かをり商事社長・板倉敬子氏
  • 2002年11月21日 日刊工業新聞 37面
  • [社告]全国花いっぱいコンクール
  • 2002年09月07日 毎日新聞地方版 24面
  • [社告]緑の大切さ、思いやりの心・花いっぱいコンクール応募を!
  • 2002年07月17日 毎日新聞地方版 26面
  • [社告]街や職場、学校を花いっぱいに飾ろう
  • 2002年07月03日 毎日新聞地方版 22面
  • 吉本興業、クルーズ船、いらっしゃ~い――就航記念式典に桂三枝さんら。
  • 2001年03月17日 日本経済新聞神奈川版地方経済面 26面
  • 横浜商議所街づくり委、高梨昌芳副会頭を委員長に選出
  • 2000年12月27日 日刊建設工業新聞 5面
  • 菓子を通じて食文化を発信~かをり商事・板倉社長
  • 2000年02月25日 日本食糧新聞 6面
  • 「発想変えて成功を」--経済ジャーナリストの嶌信彦氏が講演/神奈川
  • 1999年03月04日 毎日新聞地方版 29面

日本食糧新聞 日食外食レストラン新聞トップインタビュー かをり商事代表取締役社長・板倉敬子さん

1993.12.06 日食外食レストラン新聞41号 2面トップインタビュー欄掲載

‐‐昭和22年に「レストラン・かをり」を先代のお母さまが開店され、63年に後を継がれて社長に就任されたわけですが、経営は順調のようですね。

板倉 祖父(故板倉作次郎氏)も父(故・富治氏)も日本郵船の船乗りでした関係で、戦後の食糧難の時でも砂糖やコーヒー豆がうちにたくさんあったのです。それで、母が父に相談して横浜橋のたもとに土地を買って喫茶店を開いたのが始まりです。砂糖が貴重な時代でしたから、とても繁盛しました。母はよく『観音様から授かったものだから、おろそかにできない』と口ぐせのように言っていました。そんな母の気持ちが私の潜在意識の中にあるようです。天から授かったもの、両親から預かったものだから、息子の代にしっかりとバトンタッチしていかなければいけない、と考えています。

‐‐板倉社長さんをはじめ、従業員の皆さんの接客が素晴らしく、店の雰囲気を高めていますね。

板倉 父が日本郵船に勤めていた頃、“欧州航路華やかなりし時代”で、日本郵船のサービスは世界一と聞かされていましたので、サービスをだいじにしました。それから学生時代(聖心女子大)、アメリカ人の学長が『Every b‐ody Smile 』と常におっしゃっていまして、いつでも、どこでも笑顔を絶やさないようつとめてきました。

‐‐洋食の発祥地、横浜の老舗としてつとに有名ですが、板倉社長さんのアイデアと手作りの技術で作られた「トリフ」も人気になっていますね。

板倉 昭和50年当時、雇っていたベーカーさん(菓子職人)がチョコレートにブランデーを加えたオリジナル菓子を作ったのです。それがとてもおいしかったので、何とか売りたいと思っていたのです。神奈川県知事になられたばかりの長洲知事さんがその頃よくうちにブランデーを飲みに来られていましたので、つまみにお出ししたのです。食べ残されたのを紙に包んで知事にお渡ししたのです。そうしたら知事さんの奥様から電話をいただき、箱詰めで二〇箱注文をいただいたのです。「トリフ」の注文第一号だったのです。これがきっかけとなって県から注文が相次ぐようになりました。今、百貨店を中心に三〇店舗で販売しています。

‐‐手作りの味をだいじにされていますね。

板倉 販売当初は私も含めて三人で、レストランのアイドルタイムに作っていました。レジの隣に置いて、私がレジ兼販売担当者として売りました。今でも手作りを通していますが、人をたくさん使っているので、味が崩れないよう厳しいチェックをしています。

‐‐桜の花を使った「桜ゼリー」も人気商品に育っていますね。板倉社長さんのアイデアですか。

板倉 はい。桜ゼリーを作るきっかけは偶然だったのです。平成3年の春、ちょうど彼岸の時、朝日新聞が日本郵船の遺産という内容で「二都物語」を連載していまして、その取材でうちにこられたのです。それから、アサヒビールさんが時を同じくして日刊新聞五紙にアサヒビールを採用しているレストランを紹介する広告を出稿され、その広告にうちの店と私が掲載されたのです。また、大学の先輩から山桜の刺繍をあしらった本をいただいたので、そんなことが偶然重なって、ふと考えたのです。当店の“かをり”の屋号は父が本居宣長の歌「敷島の大和ごころを人問わば朝日に匂ふ山桜花」を好み、その桜の芳しい香りに想いをはせてつけたものだということを想い起こしたのです。そして、朝日とアサヒ、それに山桜のイメージが重なって、桜の花を使ってゼリーにしようと思い至ったのです。

‐‐花を食べるという“花食文化”はこれからトレンドになると思います。ゼリーや料理のメニューにもっと採用されていくのですか。

板倉 中国の白ランと梅の花を使ったものを研究しておりまして、来年中に商品化しようと努力しています。それから、ペパーミントを使ったチョコレートを今年のバレンタインデーに合わせて販売する計画です。それから、料理にもパンジーやバラの花をあしらってアクセサリーに使っています。“かをり”の屋号にふさわしく“香り”を楽しんでもらう料理とお菓子を作っていきたいと考えています。

‐‐老舗の味、サービスをだいじにしながら、新しい料理にも意欲的に挑戦されていますね。

板倉 料理の基本は日本郵船伝統のフランスにおいていますが、お客さんのご要望に応えて和風タイプも手がけていかなければと思います。仏料理のおせちをデパートの要望でこの暮に初めて販売します。それから、ゴマ、ウメ、サウザンドのドレッシング三種類も販売します。これはお菓子類とセット詰めにしたものです。

‐‐預った店ということですが、事業拡大の夢は大きいでしょう。

板倉 これまでは仏料理を洋食の発祥地で日本に伝えてきました。これからは“かをり”の味を広めていければと念じています。そのため企業としての土台をしっかりと作ってから店舗展開を図っていく計画です。

‐‐ありがとうございました。

“ Every body Smile ”をモットーにする板倉社長。横浜雙葉学園、聖心女子大卒業のお嬢さん育ちだが、けれんみがない。「人を何でも信じてしまう質です。それはだいじなことかも知れませんが、世の中、そんなに甘くないと最近考えておりまして、経営者として今、勉強中です」。「お客さまのどんな変化球でも受けとり、サービスという球で投げ返さなければいけない」という基本ポリシーをもっている。事業拡大の夢が花開くのが楽しみだ。

(文責 冨田)

かをり商事・板倉敬子社長 歌舞伎観劇

2016年05月08日 産経ニュース【私のイチ押し】欄掲載

日本文化の神髄を体感

仕事に忙しい日々を送っている中で、ここ最近は、歌舞伎の観劇が心の癒やしになっています。

平成3年に販売を始め、蜜に漬けた八重桜を入れた「桜ゼリー」という商品があります。ほんのりと桜の香りが漂い、海外の方にも人気を集めているこのお菓子を、25年に改修オープンした歌舞伎座(東京)内のショップで販売いただいているご縁で歌舞伎を見るようになりました。

神奈川芸術文化財団の評議員をしていることもあり、日頃は「椿姫」や「カルメン」といったオペラなどを見る機会が多いのですが、歌舞伎は違った魅力があります。役者が代々伝統を受け継いできた、日本文化の神髄を体感することができます。

花道の近くで観劇すると、役者が通る際の衣装の布さばきや、そのときの音などにも感激させられ、「和の心」を強く感じることができます。もちろん、幕あいに食べることができる「和」が詰まったぜいたくなお弁当も楽しみです。

日本の「心」を知ることができる歌舞伎の世界を、ぜひ若い世代にも知っていただき、日本文化の良さを大切にしていただけたらと思います。

【メモ】
聖心女子大文学部を卒業。母のタケさんが創業した「横浜かをり」の2代目経営者として、昭和63年かをり商事社長に就任。自ら商品開発した「レーズンサンド」など多様なラインアップが地元だけでなく観光客にも人気だ。「絹繭」と名称をすでに商標登録した菓子を商品化するため、アイデアを温めている。繭の形をしたマシュマロのような菓子をイメージしており、「完成したら、世界に発信したい」。

大和田伸也さん「横浜かをり」のレーズンサンド

2016年10月20日 朝日新聞マリオン欄「オトコの別腹」掲載

この店がある辺りは、パリやアルゼンチンの街に雰囲気が似ていて好きなんです。30年くらい前になるかな。ふらっと散歩していたときに見つけて以来、何度も通ったり、差し入れで頂いたりしている一品です。おいしさだけでなく、ツタがからまる店や高い木が並ぶ情景を思い出すお菓子なんです。

「横浜かをり」のレーズンサンド

主役はブランデーに漬けたレーズン。馥郁(ふくいく)とした香りで、ほうっと酔ってしまいそう。さくっと焼けたクッキーをかじると、濃厚なバタークリームとレーズンの芳醇(ほうじゅん)な味わいが口に広がって、一時、世俗を忘れて今まで行った異国を思い出すような、ね。

コーヒーや紅茶にも合いますが、牛乳に浸して食べるとクッキーが少しやわらかくなって、味全体がまろやかになるんですよ。洋酒もいいんだけど、それは大人だけの秘密の楽しみ方です。

◆山下町本店 横浜市中区山下町70(TEL045・681・4401)。
 1個152円から。
 午前9時~午後7時((土)は10時、(日)(祝)は11時から)。
 大手百貨店やインターネット販売でも購入可。

おおわだ・しんや 俳優。
映画監督や舞台の演出も手がけるほか、23年ぶりとなるCD「摩天楼ララバイ」が発売中。

内外情勢調査会「J2TOP Vol.145 会員登場 かをり商事株式会社」

会員登場
横浜から世界に向けて、日本文化を発信し続ける「かをり」の手作り洋菓子

かをり商事株式会社[横浜支部]

日本のホテル発祥の地に建つ「かをり」

1859年の開港以来、同時に外国交易の窓口となった横浜。その横浜を代表する洋菓子の一つ「レーズンサンド」で、全国的にその名が知られるフランス料理&洋菓子の「かをり」。その本店は、1860年にオランダ人船長のフフナーゲル氏が日本初の近代ホテル「ヨコハマ・ホテル」を開業した地(旧外国人居留地70番)で、ホテル・洋食・洋菓子をはじめとする、さまざまな西洋文化の発祥の地といわれる「山下町70番地」にある。蔦の絡まる滽酒な建物は港町・横浜の異国情緒が漂う。

「宝石ゼリー(ヴィーナスの誕生)」。ゆず、ピーチ、ブルーキュラソー、オレンジ、ペパーミント、アップル、紫いも、グレープの味わいが楽しめる。

「現在は山下町70番地に本店を構えていますが、実は「かをり」の誕生した場所は、ここから少し離れた横浜橋でした」と話すのは「かをり」を運営する、かをり商事株式会社社長の板倉敬子氏である。

横浜橋は、戦前からにぎわっていた商店街で、終戦後には商店街有志によってマーケットが開かれ、食料品などの生活必需品が販売されていた。その横浜橋で「かをり」は戦後間もない1947年、板倉氏の母である板倉タケさんによって喫茶店として創業した。当時はまだ珍しかったサッカリンではない砂糖を入れた本物のコーヒーを提供することで人気を集める一方、治安の悪さには、とても悩まされたともいう。

「店に泊まり込んで働いていた母は、夜更けにピストルで撃ち合う音が幾度も聞こえて、非常に怖かったそうです」

その後、横浜・伊勢佐木町に移転し、同時に喫茶店からフレンチレストランへと業態を変えたのである。日本郵船の豪華客船「龍田丸」の司厨房長であった祖父の板倉作次郎氏の呼び掛けに高名シェフが多数集まり、横浜屈指のレストランの地位を築いていった。当時、日本人向けにアレンジされた本格的なフランス料理に衝撃を受けるお客様も多く、板倉さんも「子ども心に、いつも大盛況だったという記憶が残っています」と懐かしむ。

そして、70年に現在の山下町70番地へと再度移転し、個室、宴会場を備えたフレンチレストランをオープンする。

本店1Fのティーラウンジ。レストラン(2F~4F)は現在、休業中。

かをり商事株式会社社長の板倉敬子氏

今では観光地でありビジネス街として賑わっているが、当時の山下町は横浜スタジアムも神奈川県民ホールもなく、店の向かいにある中消防署以外には、桜がその姿を誇るばかりだった。

「レーズンサンド」。板倉氏が自らプロデュースし、試行錯誤の末に製品化した「かをり」のベストセラー。

「桜ゼリー」。ゼリーの中には八重桜の花びらが入っており、桜の香りが口中にほのかに広がる。

本店1Fのケーキショップに並ぶ洋菓子の数々。

「何もない場所に店がポツンとある状態。レストランなのに近くの県庁の方から牛乳の宅配を頼まれるばかりでした」

小学校から高校まで横浜雙葉学園に学び、聖心女子大学を卒業されたという典型的なお嬢様育ちながら、母から事業を引きついだ板倉氏。そうした逆境の中、「かをり」の味を多くの人々に味わっていただこうと、当時ではまだ珍しい「ケータリング」を始めるなど、徐々にその名を広めていった。

洋菓子の出発点はトリュフのチョコレート

現在、各種洋菓子の販売を事業の中心とする「かをり」だが、洋菓子販売のきっかけは、1975年、神奈川県知事になったばかりの長洲一二氏が店を訪れたことだった。

「知事にサービスでトリュフのチョコレートをお出ししたら、おいしいと召し上がられたので、いくつかお土産にお包みしました。すると知事の奥さまから30箱もの注文をいただいたのです」

板倉氏は、急いでトリュフ用の箱と説明書をつくり、何とか届けたそうだが、この出来事がきっかけとなり、店頭販売をスタートさせる。本格的なトリュフはすぐに評判となったが、職人気質のベーカー(パンや菓子専門の職人)は、量産にもレシピの公開にも応じてくれなかった。

「仕方がないので、自分で研究したのです。材料、味や見た目、そして香りにもこだわりました。それが現在も販売しているトリュフの原型となりました」と、当時を振り返る。

看板商品の「レーズンサンド」も同じ時期、デパート進出を考えた際、新商品の開発を求められたことで誕生したものだった。しかも板倉氏が自らプロデュースし、開発した商品である。クッキーの生地にこだわり、研究に約1年をかけて試行錯誤を繰り返した結果、油っぽさや甘さを押さえつつ、ふんわりとした独特の食感を生み出した。

また、「かをり」の屋号は、日本の魂を詠んだ江戸時代の国学者、本居宣長の「敷島の大和心を人問はば 朝日に匂う山桜花」という和歌が由来である。その思いは、さまざまな商品の開発にも反映されている。

例えば、屋号「かをり」の由来となる桜をイメージした、白ワインベースの「桜ゼリー」は海外へのお土産としても喜ばれている。国内での国際会議においても各国の要人たちへの贈り物として重宝されるなど、国という枠を超えて愛されている。

そのほかにも光り輝く宝石をモチーフにした「宝石ゼリー(ヴィーナスの誕生)」は、8種類の異なった味わいが特徴で、こちらも人気商品の一つとなっている。

素材にこだわった本物の味わいを持つ「かをり」の手作り洋菓子の数々について、板倉氏は「世界の方々にぜひ召し上がっていただきたい」と話すように、洋菓子への情熱は今もやむことはない。そこには「これからも世界へ向けて、日本の心や食文化を発信し続けたい」という夢と思いが溢れている。

かをり商事株式会社
〒231-0023
神奈川県横浜市中区山下町70番地
TEL: 045-681-4401
代表者: 板倉敬子
設立: 1969年
事業内容: 幕末に日本初の西洋式ホテルが建てられた居留地70番(山下町70番地)の地に、個室・宴会場を備えたフレンチレストランをオープン。トリュフ・レーズンサンドをはじめとしたオリジナル洋菓子を山下町本店の他、各有名デパート・高級ホテルなど20数店舗にて販売。

横浜・神奈川のおいしい店を厳選!LOVEカレーウォーカー

クラシカルな雰囲気のなかで上品に味わう

2018年07月13日 角川マガジンズ・LOVEカレーウォーカームック

横浜ウォーカー
YokohamaWalker
特別編集ムック

横浜・神奈川のおいしい店を厳選!LOVEカレー

Cafe Curry
横浜かをり山下町本店
日本大通り_P86
たっぷり時間をかけて煮込んだビーフカレーは、特製ブレンドスパイスと溶け込んだ牛肉のハーモニーが絶品。

日本初の近代ホテル発祥地で味わう
歴史ロマンを感じる至極のカレー

レトロな雰囲気もごちそう!

喫茶店&カフェのカレー

ナポリタンとともに、喫茶店やカフェメニューの代表格であるカレーライス。ちょっとオシャレなひと皿から、なつかしい味のモノまで幅広くセレクト!

日本のホテル発祥の地である旧横浜居留地70番地。それを示す碑が建つ

クラシカルで落ち着いた雰囲気のティーラウンジ

横浜みやげとしても人気の洋菓子が買える、ケーキショップを併設


かをり特製カレーセット
¥1,200

時間をかけて脂肪が少ない牛肉を煮込んだビーフカレー。特製ブレンドスパイスと溶け込んだ牛肉のハーモニーが味わえる。サラダ、コーヒー or 紅茶付き


日本大通り since 1947
横浜かをり山下町本店

ランチ・ディナー・カウンター


日本郵船の客船「龍田丸」の司厨長を務めた、オーナーの祖父の味を継承。ツタで覆われたクラシカルな建物は、日本のホテル発祥地に建ち、ティーラウンジでコーヒーが楽しめる。

住・横浜市中区山下町70
電・045-681-4401
営・11:30~19:00、土 11:30~、日祝 12:00~(LO18:30)
休・なし
席・16席 禁煙
P・4台(無料)
交・みなとみらい線 日本大通り駅3出口より徒歩3分


産経新聞【私のイチ押し】かをり商事・板倉敬子社長 歌舞伎観劇

日本文化の神髄を体感

2016年05月08日 産経ニュース 私のイチ押しに掲載

かをり商事・板倉敬子社長

仕事に忙しい日々を送っている中で、ここ最近は、歌舞伎の観劇が心の癒やしになっています。

平成3年に販売を始め、蜜に漬けた八重桜を入れた「桜ゼリー」という商品があります。ほんのりと桜の香りが漂い、海外の方にも人気を集めているこのお菓子を、25年に改修オープンした歌舞伎座(東京)内のショップで販売いただいているご縁で歌舞伎を見るようになりました。

神奈川芸術文化財団の評議員をしていることもあり、日頃は「椿姫」や「カルメン」といったオペラなどを見る機会が多いのですが、歌舞伎は違った魅力があります。役者が代々伝統を受け継いできた、日本文化の神髄を体感することができます。

花道の近くで観劇すると、役者が通る際の衣装の布さばきや、そのときの音などにも感激させられ、「和の心」を強く感じることができます。もちろん、幕あいに食べることができる「和」が詰まったぜいたくなお弁当も楽しみです。

日本の「心」を知ることができる歌舞伎の世界を、ぜひ若い世代にも知っていただき、日本文化の良さを大切にしていただけたらと思います。

【メモ】
聖心女子大文学部を卒業。母のタケさんが創業した「横浜かをり」の2代目経営者として、昭和63年かをり商事社長に就任。自ら商品開発した「レーズンサンド」など多様なラインアップが地元だけでなく観光客にも人気だ。「絹繭」と名称をすでに商標登録した菓子を商品化するため、アイデアを温めている。繭の形をしたマシュマロのような菓子をイメージしており、「完成したら、世界に発信したい」。

横浜平沼高校・青春スクロール

2013年10月25日 朝日新聞朝刊 32面

個性派たちを育んだ懐の深さ

第7章「かをり」創業者も/HとJの間には・・・

横浜平沼高校7

青春スクロール・母校群像記

横浜平沼(以下平沼)に何度か足を運んだ。平沼祭では男子が女装して観客の喝采を浴びていた。関東高校選手権大会に出場する女子ハンドボール部などの垂れ幕が下がる。スマートで屈託ない校風を肌で感じた。

横浜平沼高校の正門。生徒の自主性を尊重する校風は今も変わらない

平沼OBの小野力が校長になり、「連携もスムーズでやりやすい」と語るのは同窓会「真澄会」の会長、鈴木宏司(70、1962年卒)。鈴木自身、物理の教員として平沼の教壇に立った。中学3年の時に体を壊して体育の授業も見学した。「野球をやりたくてたまらなかった」。教員時代に野球部の顧問を10年務めた。

体を壊して体育祭も平翠戦も参加できず悔しい思いをした鈴木

その野球部OB会会長の早福久雄(72、60年卒)は1年生からレギュラーだった。57年の神奈川大会で強豪、横浜商を3対0で破り準々決勝へ。期待はふくらんだが、法政二戦で22対0と完敗した。「彼女が早福の妹か」と入学時に話題になったのが鵜飼禎子(70、62年卒)。中学からバスケット選手として注目され、平沼でもインターハイなどで活躍。三菱電機時代には64年の女子バスケットボール世界選手権に日本チームが初出場、選手としてプレーした。「今問題になっている体罰は全然なかった。本当に楽しい3年間でしたね」。今は愛知県に在住、プールに通っては体を鍛えている。平沼バスケット部の黄金時代の陰には、「もげ」と呼ばれた名コーチ、増田庸光(故人、63年卒)の存在があった。

横浜発祥の洋菓子店として県外にも知られる「かをり」の創業者、板倉タケ(故人、32年卒)は第一高女時代の卒業生。現在の経営者、板倉敬子の実母。「私の祖母が何とか娘を第一高女にと猛勉強させたみたいです」と敬子は言う。父も夫も船員だったタケには西洋的なセンスが身についていたのかもしれない。

地元で横浜の観光に力を入れているのは、横浜シティガイド協会副会長の嶋田昌子(73、59年卒)。入学して5月に生死の境をさまよう交通事故にあい、秋まで入院生活を送る。文芸部で三好達治の詩などを読んでいた。

数年前まで当時の英語の教師を囲む会を続けるほど濃密な師弟関係を築いた嶋田

2012年には横浜文化賞を受賞した。「H(平沼)とJ(希望ヶ丘、旧制神奈川県中で神中と呼ばれた)の間にはI(愛)がある、なんていう言葉がはやってたわね」。かつては男子校と女子校。誰かが作ったはやり言葉から、青春時代の甘酸っぱい香りが漂ってくる。

横浜平沼は今回で終わります。故人を含めて敬称略で紹介しました。次シリーズは1921年に県立平沼高等女学校として創立し、「自主自律」「自他敬愛」を掲げる伝統校、平塚江南高校を取り上げます。この連載は佐藤太郎が担当しました。

伝えたい この味・フランス洋菓子 横浜かをり

このページでは、2018年06月01日「味覚春秋」6月号 No.543(味覚春秋モンド刊)に掲載された特集記事をご紹介します。

弊社代表取締役 板倉敬子のインタビュー記事

伝えたい この味
フランス洋菓子
横浜 かをり

※当記事の掲載に際しては、株式会社味覚春秋モンド様のご承諾をいただいております。

レーズンサンド
ブランデーに漬け込んで仕上げたレーズンと、口溶けのまろやかなクリームをサンドしたレーズンサンドは「かをり」を代表するお菓子。バターの風味とサクサクした歯応えは、子供から大人まで多くの人が愛する横浜銘菓です。

フランス洋菓子「かをり」のある横浜・山下町70番地は「洋食文化発祥の地」。昭和二十二年創業の「レストランかをり」は図らずとも、昭和四十五年にこの地に移転。閑散とした通りに再び華やかな洋食文化が花開き、横浜の名店として歴史を刻んできました。近年はレストラン事業から洋菓子へと大きく比重を移しましたが、そのきっかけを作ったのが現社長の板倉敬子さん。家業には全く興味がなかったという板倉社長ですが、インスピレーションから試行錯誤を重ね、「トリュフ」「レーズンサンド」「桜ゼリー」「いちょうチョコレート」など、長く愛される銘菓を誕生させたのです。

レーズンサンドは「かをり」の一番人気のお菓子とお聞きしました。

板倉社長 今では横浜のお客様だけでなく、全国からこのレーズンサンドを求めていらっしゃる方々も増えました。皆様に繰り返し召し上がっていただけることは何より嬉しいですし、私もこんなに長続きするとは思いませんでした。

お酒が強過ぎず、ブランデーのほのかな風味とレーズンが、このビスケット生地とよく合っていますね。

板倉社長 シンプルなお菓子ですが、皆様に喜んでいただけるお菓子だと思います。お菓子を専門的に学んだことはありませんが、そんな私が一年かけて完成させたレーズンサンドは、「かをり」の名前を皆様に知っていただけるようになった最初のお菓子で、特別な思い入れがあります。

「かをり」の歴史はいつから?

板倉社長 もともと「かをり」の創業は、母が昭和二十二年(1947)に始めた喫茶店が最初です。その後、昭和二十八年(1953)に、横浜の伊勢佐木町5丁目に本格的なフランス料理レストランを開業しました。当時の横浜は、ホテル等は接取されレストランなどあまりない時代でしたから、祖父の人脈で日本郵船の外国航路のコックさんなど腕の良い料理人が集まり、横浜では有名な店になりました。そして昭和三十年(1955)に、今度は伊勢佐木町2丁目に、アクリル樹脂を多用したガラス張りのような外観、当時は珍しかった冷暖房完備や、螺旋階段を用いたビルをオープンしました。和洋折衷のモダンな雰囲気はとても華やかで、どちらのお店もとても流行っていました。

その後も、順風満帆でしたか。

板倉社長 現在の場所に「レストランかをり」がオープンしたのは昭和四十五年(1970)、母がアメリカに視察に行き、庭を活用した郊外型レストランを開きた

いちょうチョコレートが生まれるきっかけとなった日本大通りの銀杏並木。銀杏は「神奈川県の木」でもあり、春の青葉はペパーミント味、秋の黄葉はオレンジビター味で表現したいちょうチョコレート

右:ほんのりとした桜色に八重桜のはちみつ漬けをあしらった桜ゼリー、一枚ずつ花を開き、しゃりっとした歯触りと桜の香りが残る。喫茶でも食べることができる(単品¥400/紅茶・コーヒーセット¥800)

左:8色の色のゼリーは、日本の那智の滝にかかった虹からインスピレーションを得て生まれたお菓子

いと思ったのがきっかけです。でも当時この辺りは何もなく、ビルがポツンと建っている感じで「こんな場所でビジネスとしてやっていけるのかしら」と正直私は思っていました。

板倉社長はお店を手伝っていらしたのですか?

板倉社長 私は主婦として子育てに専念していましたし、ビジネスには全く興味はありませんでした。学生の頃、レストラン手伝ったりしたことはありましたが、お客様の前に出ることは恥ずかしかったですし、どちらかと言うとおとなしい性格でした。

転機になったのは?

板倉社長 サラリーマンだった主人が勤めていた会社を辞めて、本格的にこの店の経営に関わっていたのですが、3年たっても閑古鳥が鳴いていて、両親や夫の苦労をずっと見てきた私は、「これはどうにかしなければならない」と自然に飛び込んでいった気がします。

まず最初に手掛けられたことは?

板倉社長 ここに来るお客様を待っているだけでは駄目だ、と思い、当時まだ珍しかったケータリングを始めました。私の母校でもある聖心女子大学に頼んだり、近隣の学校にも行きました。ある時、大手新聞社が「これからはケータリングの時代が来る」と大きく取り上げてくれて、それがきっかけでお店の従業員たちもやる気を出してくれました。

上:店名の“かをり”は、和歌を愛した板倉社長の父・富治氏が、本居宣長の「敷島の大和心を人問はば朝日に匂う山桜花」の歌から名付けたという

左:昭和な雰囲気を感じさせるレトロな雰囲気の喫茶店内

洋菓子が有名になったきっかけは?

板倉社長 昭和五十年(1975)に、当時の神奈川県長洲知事がよく来店されましたが、デザートに出す「トリュフ」チョコレートを大変気に入ってくださり、それをきっかけに私が作ったトリュフを土産品として販売するようになりました。その時に、お菓子があれば、プレゼントや贈答で遠方の皆様にも召し上がっていただける、と確信したように思います。

そしてレーズンサンドを考案されたのですね。

板倉社長 トリュフがきっかけで、大手百貨店に出店のお誘いを受けたのです。でもそれは、当時人気のあった他社のレーズンサンドを超える商品を作ってください、という条件付きでした。レーズンサンドはビスケットを作るのに大変苦労しました。ちょうどお店の前に雪印の支店ができ、東京の研究所を紹介してもらい、そこに通っ

かをりを愛する著名人のサイン(故大島渚・小山明子ご夫妻や、作家の北方謙三氏)が入口を入った右側に飾られている

て沢山のことを教えてもらいました。しっとりとしたクリーム、ブランデーがほのかに香るレーズン、サクサクのビスケット生地、納得のいく商品が出来上がったときは、とてつもなく嬉しかったです。当時からレシピは一切変わっていません。

次々にヒット商品が生まれましたね。

板倉社長 平成三年には桜ゼリーを発売しました。八重桜を中央にあしらった淡い桜色で、ほのかな桜の香りがするゼリーですが、日本の国花でもあるこの桜ゼリーは、日本人だけでなく外国の方にも大変人気があります。また、神奈川県の木は「イチョウ」ですが、日本大通りのイチョウ並木も有名ですから、これをモチーフにしたいと思い、「いちょうチョコレート」を作りました。いちょうは末広がりですから、お祝いや贈り物にもいいと思います。

商品開発のひらめきはどこから?

板倉社長 ある時、ふっとひらめきます。「かをり」のお菓子のほとんどは、このひらめきから創りました。また、商品のネーミングはとても大切だと思っています。イースターの頃、ダックワーズが玉子の形に似ていたので「幸運のたまご」と名付けたらとても人気が出ました。

板倉社長が今一番強く思うことは。

板倉社長 平成六年(1994)だったと思いますが、この場所にはかつて何があったのだろうと思い、県立栄養短大の草間俊郎教授に調べてもらいました。ここは幕末に、オランダ船の元船長フフナーゲル氏が『横浜ホテル』というホテルを作った場所だったそうです。海外の著名文化人も宿泊したというこのホテルは、洋食文化発祥の地と言われています。この「洋食文化発祥の地」で、商売をすることができるのは大変な誇りであり責任を感じます。

今後も益々ご活躍ください。

板倉社長 商売に興味のなかった私が、とにかくお店を守らなければと思い、無我夢中に我を忘れてまっしぐらに働いてきました。その間に、いつのまにか商売が好きになっていたのです。猪突猛進でしたので、苦労とも思いませんでした。年中無休でよく働いたと思いますが、まだ休んでいる暇はありません。また、何か新しいお菓子を作りたい、そう思っています。「かをり」のお菓子を皆様に喜んでいただけましたら、何より幸せなことだと思っております。

生れも育ちも横浜という板倉敬子さんは、今でも、常に何か新しいものを作りたいと思っているバイタリティー溢れる女性社長

かをり敬老の日特集

敬老の日は、日本国民の祝日の一つとなっています。
敬老の日とは、多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、そのご老人、ご年配者の長寿を祝う日として定められた祝日となっています。

難しくいうと、冒頭の説明の通りなのですが。
もっとわかりやすく簡単にいえば、あなたの一番身近にいる多年にわたり社会につくしてきたご年配者、つまり、あなたのおじい様、おばあ様のことを大切にしましょうという祝日です。

あなたのおじい様、おばあ様を大切にするといっても。何も、おじい様、おばあ様のことを上げ膳据え膳で、欲しいものをなんでも献上し差し上げて、贅沢三昧な暮らしをさせてあげましょうということではありません

あなたのおじい様、おばあ様が、あなたにしてもらったら嬉しいこと、喜んでもらえることならばなんでも良いのです。

あなたが学生ならば、一生懸命に学校の勉強をして、テストで良い点を取り、その良い点数を取れたテストを見せてあげることが、おじい様やおばあ様にとって一番嬉しいことであり、喜んでもらえることかもしれません。あるいは、学校の成績はあまり良くないのだけれども、学校のお友達と校庭で楽しく元気に遊びまわっている姿をビデオに撮って見せてあげることが、おじい様やおばあ様の嬉しい笑顔につながるかもしれません。

あなたが学校を卒業して社会人になっているのならば、会社のプロジェクトリーダーとして新しい開発案件に勤しみ、そのプロジェクトがあなたの活躍で大成功した姿を見てもらうことが、おじい様やおばあ様の喜びにつながるかもしれません。その開発プロジェクトの成功が、おじい様やおばあ様が援助してくれ通った理系の大学で、あなたが習得した技術のおかげだったら、おじい様やおばあ様の喜びもひとしおでしょう。

あなたのおじい様やおばあ様に援助してもらい、田舎から上京し頑張って、実業家として新しいビジネスを起業した孫の姿を、田舎のおじい様やおばあ様に見せてやることが、おじい様やおばあ様の喜びにつながるかもしれません。

何も別に新しい会社を起業しなくても、上京し就職した会社で毎日、元気に職場の仲間たちと共に仲良く楽しく仕事している孫の姿を見せるだけで、あなたのおじい様やおばあ様にとっては、何よりも嬉しい喜びでしょう。

あなたが学生の頃は、毎月のようにおじい様、おばあ様の家に遊びに行っては、おしゃべりしたり、ごはんを食べたりしていたことでしょう。

上京して就職してしまったりしたら、田舎のおじい様やおばあ様の家からは遠くなり、今までのように毎月遊びに行くというわけにはいかなくなってしまったのではないでしょうか。

毎月とはいかないかもしれませんが、ゴールデンウィークやお盆休み、夏休みなど大型連休のときには、お休みを利用して、大好きなあなたのおじい様やおばあ様のもとに行ってあげられることでしょう。

つまり、多年にわたり社会につくしてきたご年配者を敬愛しそのご年配者の長寿を祝うあなたのおじい様やおばあ様を祝うということは、たくさんのお金を使って高価な物をなんでも買ってあげて、何も特別贅沢な暮らしをさせてあげるということではありません

あなたが毎日、元気に楽しく暮らしていますよ、という姿こそを、あなたのおじい様やおばあ様に見せてあげる何気ない普通の食事を一緒に食べる何気ない普通の会話をおしゃべりしあうそれだけで十分なのです。

それはわかっているのですが、社会人になると、会社で責任ある仕事を任せられるようになってくればなるほど、なかなか思うように長い休みなど取れなくなってきてしまいます。

今年のお盆休みは帰ってこれるのか。

あぁ、しばらくおじい様やおばあ様にも会っていないし帰りたいんだけど、今年も忙しくてお盆休みには帰れそうもないな。これで、おじい様やおばあ様の顔も正月以来、半年近くまったく会っていないな。そういえば、ひ孫の顔もぜんぜん見せていないな。ひろし、今年の4月からは小学校に通うようになったんだけど、ひろしの小学生の姿をまだ一度も見せていないな。

今年は、かよ子さの家族も皆、戻ってくるんだってよ

あぁ、かよ子姉ちゃんとこも皆、帰って来るのか。姉ちゃんとこの子は女ばかりだからな、姉ちゃんとこが戻ってくると盆と正月がいっぺんに来たように賑やかなるんだよな。うちも今、抱えている仕事がどうにかなれば、ひろし連れて帰りたいんだけどな。多年にわたり社会につくしてきたご年配者を敬愛しそのご年配者の長寿を祝う、となると俺は、俺の家族は、ちっともご年配者を、おじい様やおばあ様を祝ってないな、なんて親不孝なんだろうな。

そんな風に自分を責めることなどひとつもありません
実際に会えなくても、あなたのおじい様やおばあ様に、東京で頑張っている、元気にやっているあなたの姿をイメージさせてあげられば、それだけでも、あなたのおじい様やおばあ様はきっと笑顔になって喜んでもらえることでしょう。

例えば、あなたがいつも頑張っている東京の町の、有名なお店の果物や銘菓を実家に贈ってあげましょう

贈り物と一緒に、ひろしの小学校のランドセル姿の写真や、ひろし直筆のおばあ様へのメッセージカードなども付けたらベストでしょう。

さあ、デザートにしましょう。これは東京の太郎叔父さんから来たのよ

え、太郎叔父さんが贈ってきたの!
あ、ひろし君だ、ランドセル背負っている!

実家にあなたの姿はいないかもしれませんが、食卓は、あなたやあなたの家族の話題で盛り上がっています。あなたのおじい様やおばあ様も、お盆も戻って来られず東京で頑張っているあなたの姿を想像して、さぞかし嬉しいことでしょう。喜んでくれていることでしょう。

敬老の日なんて、ゴールデンウィークやお盆休みなどに比べたら、さして長期休暇ではありません。

仕事が忙しいあなたに里帰りなどしている時間などもっとないでしょう。いや、かよ子姉ちゃんのところにだって里帰りしている余裕などないことでしょう。そんなときには、それぞれがおじい様やおばあ様にはメッセージカード入りの贈り物を贈ってあげればいいのです。東京で元気に頑張っているあなたの姿とともに

高齢のご年配者に贈る贈り物はなんでも良いというわけではなく、それなりに贈り物選びのコツはあるのですが

あ、申し遅れました。
私は横浜ではいちおうわりかし名のある銘菓として通っている
老舗洋菓子メーカーのかをりと申します。

かをりってどんなお店?どんなお菓子?
https://kawori.co.jp/

冒頭のメッセージは、私から敬老の日に自分のおじい様やおばあ様に何かをしてあげたいのだがいったい何をしてあげたら良いのかがよくわからないというあなたへのちょっとしたアドバイスです。

アドバイスというほど大げさなものではないですが、何かの参考程度にでもなればと思い、残させてもらったメッセージになります。

冒頭の「あなたのおじい様やおばあ様に喜んでもらうこと」は、何も高級なブランド品や高価なお料理を食べてもらうことではありません、孫であるあなたが元気に楽しく頑張っている姿を、おじい様やおばあ様にお届けできれば、それが何よりの喜びなのです。

あなたが頑張っている姿をお届けするというのは、実際にあなたが、おじい様やおばあ様のいる目の前に行くということだけではありません贈り物を通じて、おじい様やおばあ様に、あなたの元気な姿をお届けすることだってできるのです。

あなたが実際に、おじい様やおばあ様のいる田舎に帰らずに、贈り物を贈ることであなたの姿を、おじい様やおばあ様にお届けするというのは何も田舎に帰っている時間がないからという理由だけではありません

あなたに、あなたの旦那さん(奥さん)に、あなたの子どもたち皆で田舎に帰れば、それぞれの行き帰りの交通費を合わせれば、それなりの値段になってくることでしょう。だったら、少し良いものでも贈り物を贈った方が、安上がりだし良い場合だってあるでしょう。

特に先月、お盆休みに家族総出で帰ってきたばかりの敬老の日の場合は、お休みの日程だって短めだし、その傾向は強くなってくることでしょう。

しかし、高齢のご年配者に贈る贈り物は、送れるものならばなんでも良いというわけではなく、それなりに贈り物選びにはコツがあります

もちろん、あなたのおじい様やおばあ様に直接、何かほしいものはある?って聞くのが一番本人がほしいものを渡せるのかもしれませんが、あなたのおじい様やおばあ様は、いつも常に大切な孫であるあなたのことを気遣ってくれています。

あなたが何かほしいものがあるかと聞いても、おじい様やおばあ様は、あなたから何かもらいたいわけではなく、あなたが元気に過ごしてくれていればそれで良いのだからと、あなたにあれが欲しい、これが欲しいなどと、まるであなたの子どものように、あなたに駄々をこねることなどないでしょう。

例えば、家の、部屋のインテリアを装飾する雑貨品などはぜったいにやめたほうが良いでしょう。同じように、アパレル、お洋服などもやめたほうが良いでしょう。高齢の方には、これまで自分が築き上げてきた長い人生の中で育まれてきたセンスというものを持ち合わせています。いま都会で流行っている最新のファッションスタイルだからといって、そのセンスが高齢の方がこれまでの長い人生にて築き上げてきたセンスと必ずしも合うものとは限りません

雑貨やお洋服などは、その方それぞれでセンスは違ってきてしまいます。しかも、高齢の方には、その方それぞれが長い人生の中で育まれてきたセンスというものがあり、高齢になればなるほど、その築き上げられたセンスというものに絶対的な自信があり、そのセンスと合わないセンスには馴染めない傾向にあります。

だから、形に残るものよりも果物や銘菓のような思い出に残る贈り物を贈られたほうが無難です。とはいわれても、やはりその場で食べたら無くなってしまうものよりも、自分が今度田舎に帰ったときに、おじい様やおばあ様の家に行ったとき、おじい様やおばあ様の家で再会できるものを贈りたいと思ってしまうことでしょう。

でも、ちょっと考え直してみてください
あなたが敬老の日におばあ様に贈ったワンピース、東京にいるおばあ様たちは、みな着ていたワンピースだからと、うちのおばあ様にも贈ったのに、お正月に帰ったとき、そのワンピースが全く着た様子もなくクローゼットの中に眠っていたら・・。

おばあ様は、クローゼットの中にしまわれているワンピースを見つけたあなたに対して、きっと優しく、あなたが贈ってくれた素敵なワンピースだからもったいなくて特別なときにしか着られなくて、町内会の寄合いでしかお披露目できないよなんて声をかけてくれることでしょう。

だったら、果物や銘菓のような思い出に残る贈り物を贈られたほうがぜったいに良くないですか。

確かに、果物や銘菓は形には残らないかもしれません。が、それを食べたときの思いとともに、おじい様やおばあ様の思い出として一生心の中に刻みこまれます。

「去年、あなたが東京から贈ってくれたお菓子美味しかったわね」
「去年?去年、お菓子なんかおばあちゃまに贈ったっけ?」
「ほら、あのふわふわのとろとろしたやつ」
「ああ、あれな。あれ贈ったのはもう3年ぐらい前だろ」
「もう、そんなになるかね」

とこんな感じで、あなたが贈ったたったひとつの贈り物が、あの味が、何年も先の正月の集まりでも一生ずっと話題になりつづけるほど、おじい様やおばあ様の心の中に思い出として刻まれつづけていくこととなるのです。

そうなのですね。
敬老の日の贈り物は、雑貨やアパレルなど形として残るよりも、果物や銘菓のような思い出として残るもののほうが贈り物として良いのですね。

でも、思い出として残る贈り物ってどんなものを贈ったらよいのだろう。

私、かをりは、いちおう横浜で長年、洋菓子の製造販売に従事してきた、横浜ではわりかし名の通った洋菓子、銘菓です。

かをりってどんなお店?どんなお菓子?
https://kawori.co.jp/

この東京の近く、横浜の地で長年、洋菓子の製造販売に従事してきたかをりの洋菓子の知識、技術が、きっとあなたのおじい様、おばあ様の心に一生残ってもらえるような贈り物選びのお役に立てることもあるでしょう。

このコツみたいなものを会得してくると…

毎年の敬老の日に、おじい様やおばあ様に贈る贈り物選びが楽しみになり、おじい様やおばあ様の笑顔を想像しながら選んでいるのがきっと楽しくなってくることでしょう。

かをりでは、敬老の日の贈り物として相応しい銘菓をいくつかご用意してみましたので、まずは、こちらのお菓子をご覧になって、ご自身の眼で確かめてみてください。

桜ゼリー

あなたのようにお若い方ですと、
海外のものへの憧れも強く多いと思います。

生まれたときからずっと身近に接してきた日本の文化、生活などにも窮屈なものを感じて、もっと大きく羽をのばしたい日本の狭い文化の枠にはめられずに、もっと大空にもっと広い海外へ飛び出していきたい。日本の文化などへの反骨精神が沸いてくることもあるでしょう。

そんなある種の反骨精神から、狭い日本の、閉じこめられた枠組みから羽ばたきたい。そんな思いで、海外への憧れを思い描き、海外旅行、海外留学そしてホームステイなどを経て世界へと飛び出していったりすることもあるでしょう。海外留学やホームステイなどで海外の文化にどっぷりと浸ってみると、生まれたときから日本の文化、風土に慣れ親しんできたあなたは、海外の文化を通じて、改めて日本の文化、風土、生活の良さを見直せるようになったりします。

あなたのおじい様やおばあ様も、若い頃は海外への憧れなどがあり、海外へと飛び立っていった時期もあるでしょう。もしかしたら冒険心の強かったあなたのおじい様は、日本からバイクを海外に持込み、バイクで世界じゅうを走りまわってきていたりするのかもしれません。

そうして、今のあなたと同じように、海外の文化を通じて、改めて日本の文化、風土、生活の良さ、素晴らしさを再発見し見直していたりしていたのかもしれません。

そんなおじい様やおばあ様にとって、いや、そんなおじい様やおばあ様だからこそ、海外の文化の素晴らしさも吸収しつつ、日本の文化、風土、生活の素晴らしさに目覚めていたりするのです。だから、日本の文化の象徴、富士や桜にも共感できるのです。

桜をこよなく愛する日本
桜は、私たち日本人の魂なのかもしれません、春の薄桃色の花びらと、いとおしい香りをできれば春だけでなく一年中楽しんでいたい、一年中楽しんでいただくために桜ゼリーは誕生しました。
敬老の日に贈る贈り物としても、まず間違いないことでしょう。

敬老の日にも日本の心を楽しんでもらえる桜ゼリー

桜ゼリーをおじい様・おばあ様に贈る

幸運のたまご

あなたは、食事は肉派ですか?

肉女子なんて女子も増えていますし、若い頃はスタミナがつくエネルギー補給にも強い肉を好む人は多いみたいです。大きな口を開けて、骨付きの肉の塊のような巨大な肉にかぶりついている姿にはほれぼれします。

一般的に年をとってくると、肉よりも魚のほうがいい、好きになってきたと言われます。では実際にはどうなのでしょうか。高齢の方が、肉よりも魚のほうが好きなのか調査してみました

意外にも、高齢の方のほうが魚よりも肉が好きという方が多かったりする場合もあるようです。そう聞くと、ふだん魚よりも肉を食べ慣れているあなたなども、確かにそうだ、うちのおじい様やおばあ様も魚よりも肉のほうが好きで美味しいとよく食べている。

しかし、ある医師の研究結果などでは、高齢者には固いものは歯への負担も大きいですから、肉よりも野菜を中心とした食事に切り替えていってもらいたいです、などと話しているのを耳にします。

お豆腐は畑のたんぱく質などと呼ばれ、お豆腐を中心とした食事を推奨する医師なども多くいたりします。それでも、やっぱり肉が好きと肉料理を食べ続けている高齢の方もたくさんいます。

あまり気にせずに好きなものを食べるのが一番

それはそうなのですが、あなたが普段食べているオーストラリア産の牛肉などに比べて、あなたのおじい様やおばあ様が普段食べている和牛肉や国産肉のなんて柔らかいことか。ナイフなど全く使わなくてもフォークだけで簡単に切り分けられてしまいます。そして、お口の中に入れると、お口の唾液で肉はとろけてしまい、肉を噛みちぎるのに歯など必要ありません。このお肉ならば、歯への負担も少なく、お肉中心の食事でもまったく問題なさそうです。

「あ、差し歯が取れた」

そう言っている側から、あなたのおじい様、おばあ様は食事の途中で差し歯が取れたとか、翌日の朝、歯医者さんに出向き、歯医者のお世話になっていたりします。

あなたのおじい様やおばあ様は、若い頃からずっとお肉中心の食事をしてきたのだし、これからもお肉中心の食事でも問題は無さそうですが、やはりお肉以外のものは、あまり固いものは摂取せずに柔らかめのものを中心に摂取するようにしておいたほうが良さそうです。

かをりには、横浜で万博が開催された際に、その万博開催を記念して誕生したサブレというお菓子があります。かをりのサブレは、お煎餅のようにそれほど固いっていうほど固いクッキーではありません。ありませんが、やはり敬老の日の贈り物として贈るのは避けた方が良さそうです。

かをりには、幸運のたまごというたまご型のお菓子があります。柔らかくふんわりとろとろな触感で、お肉を中心とした食事のあとの食後のデザートにもとっても合うお菓子です。

幸運のたまごというネーミングも、無病息災でずっと健やかに健康で過ごしていきたいおじい様やおばあ様にも、ぴったりな贈り物ではないでしょうか。

おじい様、おばあ様の幸運を幸運のたまごとともに

幸運のたまごをおじい様・おばあ様に贈る

ヴィーナスの誕生

私、テレビなんて最近ぜんぜん見てないわ

そうですね、あなたもそうですか。あのドラマって今夜の何時からだったっけ?録画のボタンをセットしてくるの忘れちゃった。放送が始まるまでに、早く家に帰らなくては。

こんな風に、テレビの放送時間に縛られることも、もうすっかり無くなってしまいましたよね。テレビのリアタイなんて気にしない人が大半でしょう。

あのドラマって、今夜9時からだったかな、ヤバい、放送始まるまでに家に帰れそうもないよ━そんな風に考えなくても、後からインターネットで見逃し配信を見れるから別にいいよ。

そんなドラマよりも、今ここでしか楽しめないこと今夜しか楽しめないことを思いきり楽しんで、ドラマは後から見逃し配信で見ればいいよな。便利な時代になったものです。

そう、そんな便利な時代なのですが、あなたのおじい様やおばあ様たちにとっては、テレビが欠かせない存在だったりもするのです。

食事が終わると、テレビを付けて、そのまま午後はずっと、思いきりテレビを見続けていたりしている日もあったりします。いや、食事が終わる前から、食事中から、おーい、もう、お昼なんですよって見たいテレビ始まってしまっているよと、お口の中をモグモグさせながら、慌ててリモコンでテレビをつけたりします。

それは確かにそうだ

去年、軽い腹痛で入院したことのあるあなたは、入院していたときのことを思い出して軽く頷いていたりします。

入院中の病室のベッドの上で何もすることのないあなたはスマホをいじっていました。病室は共同部屋なのに、あなた以外に誰も入院していません。スマホを眺めるのにも少し飽きてきたあなたは、窓から病院の外の景色を眺めていた。

夕方になって、急に忙しそうに看護師が数人病室に入ってきた。どこかのおじいさんがカーテンの向こう、廊下側のベッドに入院するようだ。夜になって、看護師がおじいさんのところに夕食を運んできた。

「ここに夕食を置きますよ」

看護師は、大きな声でおじいさんに声をかけている。

部屋じゅうに響きわたるぐらい大きな声で話しかけているのに、当のおじいさんは、ええ、ええって看護師に聞き返している。おじいさんは何度も同じことを話しかけている看護師に、耳が遠くなっているからと言い訳しているのだった。

だが、看護師はいきなりおじいさんの耳元に付いているテレビのイヤホンを外して、話しかけた。今度はしっかり看護師の声が聞こえたらしくて、おじいさんはびっくりした顔をしていた。

「もう両方の耳にイヤホンしてるんだから聞こえないの当たり前でしょう」

そんなおじいさんのことを看護師は笑いながら叱っていた。

このおじいさんは、ずっとテレビのイヤホン付けたまま、入院したときからずっとテレビを見続けていたのかと驚いたものだった。

あなたのおじい様やおばあ様にとってもテレビは貴重な情報源なのです。ちょうどあなたがスマホやインターネットが貴重な情報源であることと同じように。

ずっとテレビを見続けていると、どうしても口が寂しくなってきます。

あまりテレビを見ないあなただって、たまには地上波初放送の映画を放送したりすると、テレビを見続けてしまうこともあるでしょう。

そんなとき、あなただって映画を見ながら口寂しくなることはないですか。

そんなときテレビを見ながら胃もたれしそうなぐらいぶ厚いステーキなど食べたくはなりません。でも、お茶で少し喉を潤すぐらいでは、なんとなくちょっと物足りなさはあります。そんなときにちょうど良いのがお菓子です。かをりのレーズンサンドなんか、ひとつずつ個包装されているからテレビのながら見するのに正にちょうどいいお菓子です。

よし、わかった!敬老の日にはレーズンサンドを贈ろう

ちょっと待って。
確かにレーズンサンドは若いあなたにとってはテレビをながら見するときのちょうど良いお菓子かもしれません。しれませんが、あなたのおじい様やおばあ様がながら見するときのことを想像してあげてみてください。

あなたのおじい様やおばあ様にとって、さすがにレーズンサンドで午後は思いきりまるまるテレビをながら見するには、胃もたれしちゃいそうではないですか。もう少し軽いものがいいですね。軽くて胃もたれせずに長時間モグモグしていられるようなお菓子・・。

そんな都合のいいお菓子なんかあるかな

長時間モグモグできるお菓子といえば、チューイングガムとかはどうかな。ガムはもし飲みこんでしまって喉に詰まらせたら、ちょっとこわいな。そうするとマンナンライフみたいなのはどうだろう。コンニャク畑がグニャグニャずっと噛んでいられる、それこそ一時期、高齢者が喉に詰まらせるとニュースで問題になったことがあったのでは。あれから改良されて、小分けパックになったり、喉に詰まらせにくくはなったようですが、敢えて贈り物にすることもないですね。

そうすると、やはりグミみたいのが良いのではないでしょうか。
そうですね、グミは良いかもしれません。しかし、グミもクチャクチャと噛みつづけるので、噛みようによっては喉に詰まらせてしまうこともあるかもしれません。グミみたいな・・一口サイズのゼリーみたいのがあれば良いのではないでしょうか。

確かに、そんな一口タイプのゼリーがあれば良いですね。

実は、かをりには宝石ゼリーというゼリーがあります。
宝石ゼリーには20粒入りと24粒入りがあって、ゆずピーチブルーキュラソーオレンジペパーミントアップル紫いもグレープの8種類の色違いのゼリーが入っています。みなそれぞれに色も違えば、味も違います。

だから今度はピーチ味と味ヘンできるので長時間のテレビながら見でも、あなたのおじい様やおばあ様のことを飽きさせません。

これが良さそうだけど、なんかせっかく敬老の日のお祝いに贈るのに、ちょっと簡素というか、もう少し豪華な贈り物を贈りたいのだけど。

大丈夫です、宝石ゼリーは60粒入り、120粒入りになると「ヴィーナスの誕生」とグレードアップして、箱も豪華なヴィーナス像を模した絵柄入りの箱に進化します。

ぜひ、今年の敬老の日は、おじい様、おばあ様に「ヴィーナスの誕生」を贈ってあげてください。

今年の敬老の日はおじい様、おばあ様にヴィーナスの誕生を

ヴィーナスの誕生をおじい様・おばあ様に贈る

敬老の日よもやま話

私が主人と結婚して5年目の敬老の日
主人の田舎に住んでいた祖父に近所で評判のお菓子を買って
箱に詰めて宅急便で届けました。

それまで結婚してからは、祖父の誕生日が敬老の日と近かったこともあり、毎年のように敬老の日は主人の祖父の家に帰省していました。主人の仕事が忙しかったこともあり、帰省をせずに贈り物を宅急便で贈ったのは初めてのことでした。

贈ったお菓子を祖父はとても喜んでくれました。
届けたお菓子はお世辞にも決して高級なお菓子とはいえるものではありませんでした。が、それでも本当に喜んで受け取ってくれたことを今でも強く覚えています。よほど美味しかったのか、今でも、美知子さん、あのお菓子がまた食べたいよと祖父にはよく催促されています。

そんな喜んでいる祖父の笑顔をまた見たくて、それから敬老の日は帰省はせずに、ちょうど主人が会社で役職つきになり忙しくなったこととも重なり、必ず手紙を添えてお菓子を贈るようになりました。

今では、主人の仕事もひと段落して時間もできたので、また主人の兄弟たちと敬老の日には帰省して、祖父の誕生日と敬老の日のお祝いをするようになりましたが、未だに当時、私が贈っていたお菓子が忘れられないのか、祖父は、美知子さんの贈ってくれたお菓子は美味しかったなと言われます。

昨年、祖父は95歳になり、歯も入れ歯なのですが、私の贈ったお菓子が美味しかったと嬉しそうに思い出を笑顔で語ってくれました。
実は、そう言われて、何回かあのお菓子を買って帰省のときに持っていっているのですが、そのお菓子を食べながらも、あの時の贈ってくれたお菓子は美味しかったと皆に話してくれます。

何よりも嬉しかったのはお菓子じゃなくて、毎年敬老の日になると忘れずに、手紙付きで贈っていたその贈り物を受け取ることだったのではないかと思います。

優しい祖父との大切な思い出です。
主人も早期リタイアして祖父とも実家で一緒に暮らすようになった今も、敬老の日には毎年忘れずにお菓子を贈りつづけようかなと思います。

以上がちょっとした敬老の日の雑談でした。
では本編に戻りましょう。

ここで1年前の敬老の日に「桜ゼリー」「幸運のたまご」「ヴィーナスの誕生」を祖父母に贈られた方をご紹介します。

1年前の敬老の日に贈られた方の声

贈答者Aさんの声

去年、うちの祖父母にかをりさんのヴィーナスの誕生を贈りました
早いものですね、もうあれから一年が経つのですね

ちょうど敬老の日なのに、仕事が忙しくしばらく帰省できていなかったので、旦那の両親とうちの両親に何か東京の贈り物でも贈ろうかと探していました。

東京の贈り物として定番な、田舎でもかなりメジャーで有名なものは贈りたくないなと考えていて、そんなときにかをりさんのことを知りました。

横浜ではかなり銘菓として名が知れているかもしれないけど、東京ではまだそこまでメジャーではない(失礼ww)、でも全く知られていないかといえば、それなりには広まっている。

おそらく、うちの祖父母もどちらとも名前ぐらいは聞いたことあるかもしれないけど、まだ食べたことはないだろうなと、そう思ってかをりのお菓子に決めました

ヴィーナスの誕生を贈って、しばらくして祖母から電話があり、あのゼリーはどこで売っているんだと聞かれました。

美味しかったの?と聞くと、

自分でなく祖父が気に入って贈った宝石ゼリーの殆どは祖父が食べてしまったのだとか。パッケージが乙女チックだったので、どちらかといえば祖母に贈ったつもりでいたので、贈った私としても驚いてしまった。

祖父のお気に入りのソファ脇のテーブルに置いておくと、ソファに腰かけた祖父が気づくとテレビを見ながら全部食べてしまっているのだとか。

それからは、敬老の日に限らず、祖父の誕生日、正月、愛猫の誕生日と何かといえばヴィーナスの誕生を実家宛てに贈らされるようになってしまいました(笑)。

今年も旦那の仕事は相変わらず忙しく帰省できそうもないので、また敬老の日にはヴィーナスの誕生を贈ろうと考えています。

贈答者Bさんの声

私が、かをりさんの幸運のたまごを初めて口にしたのは、主人が会社のゴルフコンペでもらってきた賞品でした。

順位はブービー賞だったのですが、主人から受け取った箱を開けて、中に詰めこまれていた幸運のたまごを口に入れました。ふわふわトロトロしていて、その柔らかさに一口で口の中が幸せな気持ちになりました。幸運のたまごなわけですね。

私が食べている姿をみて、奥で着替え終わってでてきた主人も口にして、主人は、なんだ、このお菓子は!柔らかくて歯がいらないなと叫んでいました。

もうじき、敬老の日というある日、私は主人と私の祖父母に贈る敬老の日の贈り物を探しにデパートに出かけていました。デパートのギフト売り場には、私以外にも敬老の日の贈り物を探している人たちでかなり賑わっていました。

「おじい様に贈るんだったら、入れ歯で歯が弱いから固いものはやめたほうがいいわよ」

隣りで会話しているおばさんたちの会話が聞こえてきます。

そうなのね、固いものはやめたほうが良いのね。おばさんたちの会話の助言を聞くとなしに聞いていると、でも明らかに柔らかいものは年寄り扱いしてとか言われるからやめた方がいいわよ、あと定番だけど餅とかは詰まらせるからだめね、おばさんたちの会話ははずんでいる。

そうなのね、けっこう選ぶの難しいじゃないの。
固いものはやめたほうがいいというおばさんたちの助言で、柔らかいスフレの詰め合わせを手にしていた私は、慌ててスフレの詰め合わせを棚に戻した。そのとき、歯がいらないなとつぶやいていた主人の言葉を思い出した。

そうだ!かをりの幸運のたまご!あれがいいじゃないの!
あれならば、主人も歯がいらないって言ってたぐらいに柔らかいし、見た目はアーモンドのスライスが入ってたりして年寄り扱いしているようにも見えないしね。

ここのデパートに、かをりのお菓子って売っているのかな?
私はデパ地下の中をぐるりと周ってみると運よくかをりの店がありました。こんなところでも幸運を使わせてもらったわ。お店のショーケースの中にも幸運のたまごがちゃんとあり、店員さんが贈り物でしたら直送もできると言われたので、主人と私の祖父母のところにひとつずつ贈りました

敬老の日が終わって、しばらくして祖父母から贈り物の御礼の電話をもらいました。特に年寄り扱いして、とか文句を言われることもなく、逆に美味しかったとめちゃ感謝され、都会のお菓子はやっぱりハイカラで、味も田舎のお菓子とはぜんぜん違うわねと褒められました。

また、ぜひ贈ってくれとは言われたのですが、同じ幸運のたまごを贈ったのではワンパターンと思われそうなので、今年の敬老の日は桜ゼリーを贈ってみようかなと思います。

最後に、かをりから今年の敬老の日にかをりのお菓子を贈ろうとご検討中の方へ。

あなたのおじい様、おばあ様にも贈ろう

末筆になりますが、敬老の日に贈り物を贈るメリットを思いつくままに並べてみました。思い当たるものがありましたら、あなたも今年の敬老の日はおじい様、おばあ様に銘菓の贈り物を贈ってみませんか

敬老の日に贈り物を贈るメリット100

  1. 帰省しなくてもいい
  2. 自宅からネットで贈れる
  3. 帰省の交通費が節約できる
  4. 旦那の両親に会わなくてもいい
  5. 子連れで新幹線に乗らなくていい
  6. 旅行の準備しなくていい
  7. 休みの日は家でのんびりできる
  8. お菓子なら食べてすぐ美味しいと言ってもらえる
  9. 食べて終わりなら後々尾を引かない
  10. 犬を預けなくていい
  11. ずっと犬といられる
  12. 1人で犬をお留守番させなくていい
  13. 留守番のごはんを考えなくていい
  14. 姑に気を使わなくていい
  15. 嫁の不機嫌な顔を見ないですむ
  16. 長時間、車を運転しないですむ
  17. 子供が車酔いしない
  18. 社畜でも家庭を大切にできる
  19. 子供を部活に行かせられる
  20. ジムを休まないでOK
  21. ママ友と手芸教室を楽しめる
  22. 塾に行かせられる
  23. 子供の受験に協力できる
  24. お菓子なら祖父母の笑顔をLINEで見れる
  25. 直接嫁いびりされない
  26. 嫁に媚びなくていい
  27. 帰省用の服を買わなくていい
  28. 料理を披露しなくていい
  29. 姑のグチを聞かなくていい
  30. 実家の掃除をしなくていい
  31. 早起きをしなくていい
  32. 好きなテレビが見れる
  33. 夜更かしをとがめられない
  34. 化粧しなくていい
  35. 嫁の料理を食わなくていい
  36. 義理の父の一杯につきあわされる
  37. 晩酌につきあわされる
  38. 義理の父のタバコを吸わなくていい
  39. 結婚した同級生に会わなくていい
  40. 子供出産した同級生に会いたくない
  41. 早く結婚しろと言われない
  42. 子供まだと催促されない
  43. 運転手はしたくない
  44. 愛車を長距離走らせたくない
  45. 愛車が汚れる、汚される
  46. 姉の子供の面倒みるのがいや
  47. 長距離バスがつらい
  48. 深夜バスだと寝られない
  49. 飛行機がこわい
  50. 帰省の高速代が高い
  51. 帰省の地元ヤンキーがこわい
  52. お店でメッセージカードまで付けてくれる
  53. お祝いの熨斗までつけてもらえる
  54. ネットで注文すれば勝手に贈ってもらえる
  55. 個人の趣味センス関係なしでお菓子なら贈れる
  56. だいたい美味しいと言ってもらえる
  57. 一番定番より10番、20番ぐらいのお菓子がいい
  58. 敬老帰省のついで同窓会がいや
  59. 姑とやりあうの面倒
  60. 久しぶりの同級生と会うのはもっと面倒
  61. PAのサービスエリアで急ぎのお土産選びで失敗
  62. 海外出張中だ
  63. 留学中で日本に帰れない
  64. 帰省中の息子の勉強の遅れ
  65. 受験を控えた息子の家でのお留守番
  66. お留守番後の片付け
  67. 帰省から戻ったときの洗濯物
  68. 帰省戻りの食事の準備
  69. 長時間運転後、翌日の出社
  70. 帰省行きの車中での嫁のご機嫌とり
  71. 車中での嫁のグチ聞き
  72. 実家で酔っぱらう旦那の姿
  73. 帰省の帰りの長時間運転
  74. 姑にいつも監視される
  75. なんでもやることを批判される
  76. 嫁の食事を食わなくていい
  77. 姑の料理は薄すぎる
  78. 嫁の味は濃すぎる
  79. 濃い料理は血圧にわるい
  80. 孫のボール遊びで盆栽が割れる
  81. 主人の実家は古くてこわい
  82. 実家に大勢泊まると崩れそうだ
  83. 甥姪が多いので出費が大変
  84. 正月でないのにお年玉たかられる
  85. 帰省後の部屋がまるで嵐のあと
  86. 掃除がしちゃかめちゃか
  87. 海外の嫁をもらった
  88. 嫁の国の風習に慣れない
  89. 海外旅行が大変だ
  90. ビザを取るのが大変だ
  91. パスポート取るのが高い
  92. 帰省一回が本格的海外旅行すぎる
  93. 姑の母国語が理解できない
  94. 親戚の話している言葉がわからない
  95. 帰省すると1人だけ疎外感
  96. 国際便の旅費は高すぎる
  97. いちいち渡航しなければならない
  98. 国境を越えないとならない
  99. 出入国の通関が面倒
  100. ネットでボタン一つでメッセージカード付で贈れる

いかがでしょうか。
こうして順を追ってみてくると、どのような贈り物こそが、敬老の日の贈り物として最も相応しいのかが、あなたにも見えてきたのではないでしょうか。

いつも頑張っているあなたの姿を銘菓に込めて、今年の敬老の日は、ぜひおじい様やおばあ様に厳選された銘菓の贈り物を贈りましょう

最後までお付き合い頂きましてありがとうございました。
ご注文お待ち申し上げています。

横浜かをり

ハウスキーパー(お手伝いさん)急募

ハウスキーパー急募

横浜「かをり」の家事代行サービス そうじ・洗濯・片付け

横浜「かをり」でハウスキーパーのお仕事をしてみませんか。

横浜かをりは、レーズンサンドで横浜市民にはすっかりお馴染み、1969年から山下町70番地(ホテル発祥の地)にて洋菓子を販売している、歴史と伝統ある洋菓子ショップです。

そんな歴史と伝統の重みがある横浜「かをり」のショップを守り続けていくためには、毎日、多種多様な業務に追われています。弊社社長はとても多忙です。

毎日、多忙な弊社社長のことを、あなたの力で助けてください。

会社での業務経験は一切問いません。
これまで、あなたが日常やってきた暮らし、生活の経験こそが役に立ちます。

日々の暮らしの中で、これまであなたが毎日やってきた夕食時のスーパーでのお買い物、部屋のお掃除、洗濯、片付けなどこそが弊社社長の一番の手助けとなるのです。

子育てが終わって、時間に少し余裕ができた方、子どもが学校に行っている間のちょっとした空き時間を収入に変えてみませんか。

学歴・職歴・経験・年齢問いません!
簡単な家事経験があればOK!
主婦の方大活躍中です。

弊社社長宅を訪問し、掃除機をかけたり、洗濯物をしたり、食器洗いなどの簡単な家事を行って頂くお仕事です。

最初は一緒に作業しますので仕事の流れを覚えるところから始めてください。

曜日・時間等 応相談

1日2〜3時間、午前中だけでも、週1日~でもok。
横浜市中区山下町、お近くの方は歓迎致します。
お気軽にお問い合わせ下さい。

お問い合わせ先

かをり商事株式会社

TEL 045‐681‐4401

携帯 090‐3330‐3763

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レストランの再OPENについて

お客様各位

常日頃より、「かをり」を御愛顧賜りまして誠に有難うございます。

多くの方々より、

レストラン部門の再開はいつですか、

とのお問い合わせを頂き、皆々様のご関心に改めて感謝の念を捧げたいと思っております。同時に長年、「かをり」のレストランを御愛顧頂いている方々には、ご迷惑・ご心配をお掛けし、大変に申し訳なく思っております。

現在「かをり」のレストランをどの様な形で再開するか、社内にて討議中でございます。

再OPENの詳細については、未定となっておりますが、今後の進捗状況につきましては「かをり」のHPをご覧頂くか、メール又はお電話にてお問い合わせ頂ければ幸いでございます。

再OPENが決定した際には、新聞紙面等の広報媒体を通じて正式に発表させて頂きますので、いましばらくお待ち下さいませ。

尚、山下町本店1階の喫茶室・洋菓子ショップにつきましては、従来通り営業致しております。従業員一同、皆々様のお越しを心よりお待ち申し上げておりますので、横浜にお立ち寄りの際には、是非お越し下さいませ。

かをり商事株式会社
代表取締役社長 板倉敬子

レジェンドかながわ「横浜ホテル」開港翌年に開業■跡地に洋食レストラン

2018年06月17日 読売新聞朝刊 全国紙

日本初のホテル「横浜ホテル(ヨコハマ・ホテル)」
2018年6月17日(日曜日)の読売新聞朝刊に横浜ホテルの歴史が大きく報道されました。

現在かをりが建っている山下町70番地は幕末の頃から居留地70番(居留地七十番)と呼ばれ、1859年開港の翌年の1860年2月にオランダ人船長フフナーゲル氏により日本初のホテル「横浜ホテル」が開業しました。

かをり山下町本店は「ホテル発祥の地」なのです。
ぜひご笑覧ください。

かをり商事株式会社
代表取締役社長 板倉敬子

横浜ホテル(横浜市中区)

異国情緒あふれる建物が残る横浜市中区山下町で、ひときわ歴史が漂うフレンチレストラン「かをり」。ツタが絡まる建物の敷地には、「ホテル発祥の地」の銘板が立つ。横浜が開港した翌年に日本で初めて開業した「横浜ホテル」。貿易でにぎわった港町で外国人を受け入れ、外国文化の窓口でもあった。

レジェンドかながわ

日本初のホテル 異国の風

1860年3月10日号の上海の英字新聞「ノース・チャイナ・ヘラルド」。横浜開港資料館の調査研究員だった斎藤多喜夫さん(70)は今から30年以上前、一つの記事にくぎ付けになった。オランダの船長2人が殺害された事件。記事は、2人が「横浜ホテル」に滞在中の友人を訪ねた後に被害に遭ったと報じていた。

それまで、日本で最初に開業したホテルについては諸説があった。開港した横浜の様々な事柄を追っていた斎藤さんはホテルのことも調べ続け、書物や資料をあさっていた。そして見つけた新聞には、横浜ホテルの開業広告もあった。「日本で開業した最も古いホテルだ」。そう確信した。<YOKUHAMA HOTEL-KANAGAWA>。横浜は当時、外国人から「ヨクハマ」と呼ばれていた。

開港後の外国人の住宅などを描いた「御開港横浜大絵図二編 外国人住宅図」。中央のブロックの右端に、横浜ホテルの呼び名「ナツシヨウ住家」と書かれている(県立歴史博物館所蔵)

レストラン「かをり」の前に立つ「ホテル発祥の地」の銘板(横浜市中区で)

開港翌年に開業■跡地にレストラン

1859年7月に開港した横浜は、すぐに生糸貿易でにぎわった。多くの商船が乗り入れ、生糸を求めるアメリカ人やイギリス人で港町は活気を帯びた。

しかし、宿泊施設はなく、外国人は停泊中の船内で寝るか、知人宅に泊まるしかなかった。

横浜ホテルがオープンしたのは、開港から約半年後の60年2月。オランダ船籍の帆船「ナッソウ号」の元船長フフナーゲルが開業した。建物は木造。日本人の大工が建てた。西洋風のバーや食堂、コーヒールームを設け、公使オールコックやシーボルト、画家のハイネら歴史的な人物も宿泊した。

横浜開港資料館の西川武臣館長は、「開業したばかりの時代、ホテルの需要はかなり高かったはず。外国文化の受け入れ窓口として果たした役割も大きい」と解説する。

ホテルの切り盛りを巡って、斎藤さんはその通称に注目する。「日本人は当時、ホテルのことを船の名から『ナツシヨウ住家』と呼んでいました」。船は大勢の船員らが長期にわたり海上で生活し、ホテルと同じような機能を備える。斎藤さんは「船長のフフナーゲルとともに多くの船員が上陸し、ホテルの運営に従事したのではないか」と推測する。

63年にはいったん閉鎖され、理容室などを整備して64年に新装オープンした。しかし、66年に大火で焼失。この頃には他のホテルが建ち始め、再建されることなく姿を消した。

跡地でレストラン「かをり」がオープンしたのは100年以上たった1970年のこと。終戦後の47年、焼け野原だった横浜橋(横浜市南区)近くで喫茶店を開業した「かをり」が、偶然にも跡地で新店舗を開店した。板倉敬子社長は「当時は県民ホールも横浜スタジアムもなく、3年くらいは人通りもなくて店は閑古鳥が鳴いていた」と振り返る。

「昔、ここには何があったのだろうか」。ある時、板倉社長は興味を抱き、調べてみると、横浜ホテルが立っていたことを知った。2004年3月、「ホテル発祥の地」の銘板を置いた。

板倉社長はしみじみと語る。

「歴史のある土地で商売をすることに誇りと責任を感じる。伝統を大事にして、次の世代に残していきたい」

(荒木香苗)

港に根づくホテル文化

開港で発展した横浜では、横浜ホテルに続いて多くのホテルが建てられた。しかし、1923年の関東大震災で華やいだホテル街は一変した。1870年に開業し、一流ホテルとして名をはせた「グランド・ホテル」も打撃を受けた。

山下公園(横浜市中区山下町)近くに現在立つ「ホテルニューグランド」は1927年、復興のシンボルとして名前を引き継ぐ形で開業した。横浜市長だった有吉忠一が、横浜を国際都市として内外にアピールしようと「ホテル建設計画」をつくり、市を挙げて建設した。

内外の著名人が利用し、作家・大佛次郎は31年から約10年間にわたって滞在し、横浜を舞台にした「白い姉」などを執筆した。第2次世界大戦後に連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサーが宿泊した部屋は、今も「マッカーサーズスイート」として親しまれ、当時使用した机もそのままだ。

来年は開港から160周年。ホテルニューグランドは、開業当時から伝わる料理を昔ながらの調理法で提供している。浜田賢治社長(63)は、「横浜をこれから活性化させるためには、開港の地としてホテル文化の歴史を伝えることも大事」と話している。

一流ホテルとして名をはせた「グランド・ホテル」(横浜開港資料館所蔵)

ホテルニューグランドの「マッカーサーズスイート」で当時の机を紹介する浜田社長

弊社代表取締役 板倉敬子のインタビュー

このページでは、超幅広い舩井幸雄の人脈の中から、舩井幸雄がぜひ皆さまに紹介したいと思う人を、さまざまな角度からご紹介します。

弊社代表取締役 板倉敬子のインタビュー記事

横浜から世界に向けていざ、日本文化を発信!
かをりのお菓子で世界に夢を!
(舩井幸雄夫婦がもっとも尊敬する経営者)

かをり商事株式会社 代表取締役社長 板倉敬子さん

今回紹介するのは、横浜の日本大通りの側の、異国情緒あふれる街並みにあるレストラン フランス料理&洋菓子「横浜 かをり」の代表取締役社長の板倉敬子さんです。

「かをり」は、戦後間もない昭和22年に、板倉敬子さんのお母様の板倉タケさんによって創立されました。それを敬子さんが引き継ぎ、レストランに加え、デパートでトリュフやレーズンサンドなどの洋菓子を扱ってもらえるようになり、さらに事業を拡大されてきました。
敬子さんは、小学校から高校まで横浜雙葉(ふたば)学園に学び、聖心女子大学を卒業されたという典型的なお嬢様育ちながら、いまでもはつらつと自らお店に立ち、いつも笑顔で働いていらっしゃいます。

その一方で敬子さんは、いまから10年前の平成13年に、舩井幸雄とも親しかった当時35才の最愛の息子さんを突然亡くすという大変つらい経験もされています。
そんな敬子さんに、いままでの経緯や、これから実現したい夢について語っていただきました。

インタビュー記事全文はこちら

プロフィール
●板倉 敬子(いたくら けいこ) かをり商事株式会社 代表取締役社長
横浜市中区出身。横浜雙葉学園高校、聖心女子大学文学部英語学科卒業。横浜商工会議所第一号会員。横浜商工会議所女性会会員。(財)尾崎行雄記念財団評議員。(財)日本さくらの会評議員。

  • フランス料理&洋菓子「横浜 かをり」:
    https://kawori.co.jp/
    TEL:045-681-4401 FAX:045-662-3764

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