1993.12.06 日食外食レストラン新聞41号 2面トップインタビュー欄掲載
‐‐昭和22年に「レストラン・かをり」を先代のお母さまが開店され、63年に後を継がれて社長に就任されたわけですが、経営は順調のようですね。
板倉 祖父(故板倉作次郎氏)も父(故・富治氏)も日本郵船の船乗りでした関係で、戦後の食糧難の時でも砂糖やコーヒー豆がうちにたくさんあったのです。それで、母が父に相談して横浜橋のたもとに土地を買って喫茶店を開いたのが始まりです。砂糖が貴重な時代でしたから、とても繁盛しました。母はよく『観音様から授かったものだから、おろそかにできない』と口ぐせのように言っていました。そんな母の気持ちが私の潜在意識の中にあるようです。天から授かったもの、両親から預かったものだから、息子の代にしっかりとバトンタッチしていかなければいけない、と考えています。
‐‐板倉社長さんをはじめ、従業員の皆さんの接客が素晴らしく、店の雰囲気を高めていますね。
板倉 父が日本郵船に勤めていた頃、“欧州航路華やかなりし時代”で、日本郵船のサービスは世界一と聞かされていましたので、サービスをだいじにしました。それから学生時代(聖心女子大)、アメリカ人の学長が『Every b‐ody Smile 』と常におっしゃっていまして、いつでも、どこでも笑顔を絶やさないようつとめてきました。
‐‐洋食の発祥地、横浜の老舗としてつとに有名ですが、板倉社長さんのアイデアと手作りの技術で作られた「トリフ」も人気になっていますね。
板倉 昭和50年当時、雇っていたベーカーさん(菓子職人)がチョコレートにブランデーを加えたオリジナル菓子を作ったのです。それがとてもおいしかったので、何とか売りたいと思っていたのです。神奈川県知事になられたばかりの長洲知事さんがその頃よくうちにブランデーを飲みに来られていましたので、つまみにお出ししたのです。食べ残されたのを紙に包んで知事にお渡ししたのです。そうしたら知事さんの奥様から電話をいただき、箱詰めで二〇箱注文をいただいたのです。「トリフ」の注文第一号だったのです。これがきっかけとなって県から注文が相次ぐようになりました。今、百貨店を中心に三〇店舗で販売しています。
‐‐手作りの味をだいじにされていますね。
板倉 販売当初は私も含めて三人で、レストランのアイドルタイムに作っていました。レジの隣に置いて、私がレジ兼販売担当者として売りました。今でも手作りを通していますが、人をたくさん使っているので、味が崩れないよう厳しいチェックをしています。
‐‐桜の花を使った「桜ゼリー」も人気商品に育っていますね。板倉社長さんのアイデアですか。
板倉 はい。桜ゼリーを作るきっかけは偶然だったのです。平成3年の春、ちょうど彼岸の時、朝日新聞が日本郵船の遺産という内容で「二都物語」を連載していまして、その取材でうちにこられたのです。それから、アサヒビールさんが時を同じくして日刊新聞五紙にアサヒビールを採用しているレストランを紹介する広告を出稿され、その広告にうちの店と私が掲載されたのです。また、大学の先輩から山桜の刺繍をあしらった本をいただいたので、そんなことが偶然重なって、ふと考えたのです。当店の“かをり”の屋号は父が本居宣長の歌「敷島の大和ごころを人問わば朝日に匂ふ山桜花」を好み、その桜の芳しい香りに想いをはせてつけたものだということを想い起こしたのです。そして、朝日とアサヒ、それに山桜のイメージが重なって、桜の花を使ってゼリーにしようと思い至ったのです。
‐‐花を食べるという“花食文化”はこれからトレンドになると思います。ゼリーや料理のメニューにもっと採用されていくのですか。
板倉 中国の白ランと梅の花を使ったものを研究しておりまして、来年中に商品化しようと努力しています。それから、ペパーミントを使ったチョコレートを今年のバレンタインデーに合わせて販売する計画です。それから、料理にもパンジーやバラの花をあしらってアクセサリーに使っています。“かをり”の屋号にふさわしく“香り”を楽しんでもらう料理とお菓子を作っていきたいと考えています。
‐‐老舗の味、サービスをだいじにしながら、新しい料理にも意欲的に挑戦されていますね。
板倉 料理の基本は日本郵船伝統のフランスにおいていますが、お客さんのご要望に応えて和風タイプも手がけていかなければと思います。仏料理のおせちをデパートの要望でこの暮に初めて販売します。それから、ゴマ、ウメ、サウザンドのドレッシング三種類も販売します。これはお菓子類とセット詰めにしたものです。
‐‐預った店ということですが、事業拡大の夢は大きいでしょう。
板倉 これまでは仏料理を洋食の発祥地で日本に伝えてきました。これからは“かをり”の味を広めていければと念じています。そのため企業としての土台をしっかりと作ってから店舗展開を図っていく計画です。
‐‐ありがとうございました。
“ Every body Smile ”をモットーにする板倉社長。横浜雙葉学園、聖心女子大卒業のお嬢さん育ちだが、けれんみがない。「人を何でも信じてしまう質です。それはだいじなことかも知れませんが、世の中、そんなに甘くないと最近考えておりまして、経営者として今、勉強中です」。「お客さまのどんな変化球でも受けとり、サービスという球で投げ返さなければいけない」という基本ポリシーをもっている。事業拡大の夢が花開くのが楽しみだ。
(文責 冨田)